*♀
*妊娠




それは本当に予想をしていなかった出来事で。
まさかこうなるとは、思ってもいなかった。

最近、身体がやけに重かった。
元々少ない食欲が、更に減った。
炊きたてのご飯のにおいを嗅ぐと吐き気が襲ってくる。
それだけではなく、ただぼーっとしていても吐き気が襲ってくる。
風邪でもひいたのか、それともなにかの病気なのか。
ただひたすら不調を訴えるおれを、甲斐甲斐しくも看病してくれるのは、因縁の相手、今は恋人…いや、旦那の木吉鉄平で。
最初のうちはなんとも思わなかったが、治るどころか日に日に悪化していくおれの体調とともに精神も疲労していき、鉄平に看病してもらうことがつらくなっていった。
一度、看病しなくていいと伝えたが、その願いは聞き届けられなかった。
それどころか更に過保護になった。
おれに甘い旦那に感謝しつつ、申し訳なくなったのは内緒。


いつまでも迷惑をかけるわけにはいかないと、鉄平が仕事の間に病院に行ってみた。
ひとまずかかりつけの医師のところに行き、症状を説明すると、うちでは見れないからと紹介状を渡された。
案内の紙も渡され、地図を見ながらゆっくり歩いていった。

「…なんの病気なんだろうな」

紙を握りしめながら、ぽつりとこぼす。
周りはセミの鳴き声だけが響いていた。


紹介状を渡し、受付を済ませ席につく。
たどり着いた場所は産婦人科だった。
名前を呼ばれ、医師の前に座る。
どうやら検査をするらしく、あちこち歩かされた。
疲れ切った状態で、医師から言われた言葉は、おれの思考を停止させるものだった。

「おめでとうございます。ちょうど三ヶ月ですね!」

「…えっ?」

三ヶ月。
三ヶ月?
その言葉の意味が一瞬理解できなかった。
よく安っぽいドラマで使われる言葉。
それがまさか、自分の身に起こるなど誰が理解できるだろうか。
冗談だと信じたかったが、エコーでみた自分の腹の中には確かに人のようなものがいて。

「…まじかよ」

父親は誰かもわかりきっている。
恥ずかしい話だが、あいつ以外とそういう行為はしたことがないからだ。
きっと素直に言えば、認知してくれるかもしれない。

しかし、もし認知してくれなかったら?
俺の子じゃないと言われたら?

最悪な展開ばかりが頭の中を駆け巡る。
嬉しいはずなのに、心は冷え切っていて。
ただ呆然としたまま医師の話を聞き、手帳を受け取り、帰路についた。


帰宅すると、家事は全てこなされ、料理が机の上に並んでいた。

「おかえり、真。ご飯食えそうか?」

おれの荷物を移動させ、イスに座るように誘導する鉄平。
おもわず泣きそうになる。
けれど、今は泣いていられない。
伝えないといけないことがある。

「…いらねえ。……なあ、大事な話があんだけど」

鉄平の手を握り、俯きながら呟く。
重大な話だと察してくれたのか、ひとまずおれをソファに移動させ、料理にラップをする。
それから、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
鉄平が隣に腰をかける。
顔をあげることが出来ず、ただ自分の手を握ることしか出来ない。
握りしめた手の上に、鉄平の手が重ねられる。
それだけで安堵する自分に少しいらついた。

「…で、話って?」

真剣な声。きっと表情も真剣なのだろう。
ため息をつき、決心する。


「…あのね、その、
いま、さんかげつだって。
おなかのなかに、鉄平との子がいるって」


手のひらに爪が食い込む。
目頭が熱く、目の前がぼやけていく。

「かくしてたわけじゃねえんだ。きょう病院いったら、さんかげつっていわれて。どうしよう、なあ、鉄平、おれ、このこうみたいんだ。なあ、どうしたらいい…?」

身体の震えを抑えるように、ゆっくりと呼吸をしてみるものの、震えが収まるわけもなく。
鉄平は何も言わなかった。
何を考えているかもわからない。
怖くて顔をあげることができず、ただ時間が立っていく。
かちかちと時計の秒針と、自分の心臓の音だけが響いている。

(はりさけそうだ…)

ぼんやりと思っていると、鉄平は急に立ち上がり、何処かへいってしまった。
ただ、呆然とそれをみることしかできなかった。

「…う、そ」

ぼたぼたと涙が零れ落ちる。
心の何処かでは信じていた。鉄平なら受け入れてくれると。
自分たちの子だと言ってくれると。
しかし、現実はどうだ。
なにも言わずに立ち去っていったではないか。

「…だ、いやだ…おろしたくねえ…」

まだ膨らんでいない腹を抱える。
この中に、確かにいるのだ。
初めて好きになった人との子が、いるのだ。
それを堕ろすなんて、殺すなんてできない。

「ひとりで、うむしかねえかな…」

ソファに倒れこみ、これからの算段をたてていく。
けれど、もやがかかったような状態ではたてられるわけもなく。
ひとまず眠ろうかと、目を閉じたときだった。

「…っ真!」

目を開けて声のする方向を見ると、そこにはブランケットやらクッションやらを抱えた鉄平がいて。

「…てっぺ」

なんでかえってきたの?

思っただけだったが、声にでていたようで。

「妊娠してるときは、あんまり身体冷やさないほうがいいっていうから、これ探してたんだ」

そういって、おれにブランケットをかけ、ソファと身体の間にクッションを挟む。
それから、おれの頭を撫でた。

「すぐ返事できなくてごめんな。頭のなかが真っ白になっちまって…」
「…ああ」
「それで、先にとりにいったんだ。言いたいことをまとめるために」
「いいたいこと…」
「俺からも、大事な話」

寝転んでいるおれの手をとり、その手にキスをする鉄平。
それから、真剣な表情で、しっかりとおれの目をみて。


「俺は、真が俺と真との子どもを宿してくれてうれしい。元々子どもは好きだし、真との子となると尚更だ。
なあ真、俺との子、産んでくれないか?
一緒に、育てさせてくれないか」


最後の言葉を聞き終わる頃には、おれはぼろぼろ涙を零していて。
さっきも泣いたのに、その比じゃないくらい涙がでて。
一生分は泣いていると思う。

「おろせって、いわれるかと、」
「そんなこと言わないさ。むしろ大歓迎だぞ」
「ならさきにいえよ、ばぁか…!」
「うん、ごめん。不安にさせてごめんな」

頭を撫でる手に安堵し、更に涙がこぼれる。
ここまで弱くなったのは鉄平のせいだ。

「子ども、楽しみだな」

男の子かな、女の子かな。
なんて、本当に嬉しそうに言うものだから、つられて笑った。
産まれてくる子はどちらでも、きっと愛される子になるだろう。

はやくうまれておいで、いとしいこ。

鉄平も同じことを考えたのだろう。
2人同時に、我が子のいる腹を、優しく撫でた。





ぼくときみのあいのかたち。
(はじめまして、かわいいぼくの子。)



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