今だけは声が出なくてよかったって思う。
きっと、声に出したら恥ずかしくてしんでしまうから。


最初から叶わないと決め付けていた。
アイツの膝を壊したのだから。
バスケを奪ったのだから。
そんな人間に好きと言われて嬉しい人間なんて、いないはずだから。

それでも。
木吉は俺に好きだと言ってくれた。
俺の気持ちを受け入れてくれた。

それだけでいい。
それ以上はもう、望まないし、望んではいけないと思っていたけれど。

ふと自分の左手を見る。
薬指には光を反射して輝くひとつの指輪が治まっていた。
あの日、俺が目覚めたときに貰ったものとは違う、いわゆる婚約指輪というもので。
男が男に贈るのは変だとか、俺みたいなのが木吉と幸せになってもいいのかとか。
考えたらキリがないくらいに、もやもやしたものは浮かんでいった。
けれど、そのたびにその不安をぬぐい去ってくれたのは木吉だった。
もう一つの指輪をくれた日から、ずっと。

指輪を一撫でして、今日の予定をあらかた立てる。
洗濯をして、買い物にいって。
木吉が安心して帰ってこれるように、準備をしよう。

少し開けた窓からは、優しい風がはいってきていた。


***


(クソ、やっぱり不便だな)

眠りから目覚めて1年はたったが、その間に喉は相当衰退していたようで。
今でこそ少しずつ声がでるようになったものの、それでも昔のように話すことはできなかった。
何かのトラウマを抱えたかのように、声がひっかかってでなくなる。
木吉と居る時は出る方が多いのだが、ひとりで外に出たときは一言二言話すのが精いっぱいだった。

(…重い)

たまには気分転換でも、と思い少し離れたスーパーに行ってみたのだが、失敗してしまった。
まったく動かしていなかった身体は昔よりも筋肉が落ち、体力がかなり落ちていた。
買うものが沢山あったのと、消耗品が思いのほか安かったために買い溜めをしてしまい、持ってきていたバッグはパンパンに膨らんでいた。
自転車ならもっと楽かと思ったが、体力のない花宮にとって自転車をこぐという動作すら、歩くことよりも体力を消耗させるので意味がなかった。

(どっかで休憩するか?でもこの辺座れるところなかったよな)

こうなれば意地だと荷物を持ち直し、水でも買って飲みながら帰ろうと思い足を進めようとした時だった。

「…花宮?」

その声は、とても聞き覚えのあるもので。
振り向くとそこには、あの日最後にみた人物が立っていた。

「…久しぶり」
「…い、づき」

名前を呼べば、安心したように顔を綻ばせて。

「随分と多い荷物だな。今から帰りか?」

問いかけられて、ああ、と返事をしたかったのだが。
やはり、声がでない。
とりあえず手話で「うん」と伝えてみたものの、伊月は手話が分からないらしく首をかしげていた。
二人して道端で首をかしげているため、傍からみたら道に迷った観光客に見えるだろう。
実際片方は地元の人間で、片方は引っ越してきたとはいえ地理感覚はあるのだが。

(手話は通じない、となると筆談が一番だが…)

今日に限ってケータイを家に忘れるという失態をしたため、相手に伝える手段が手話しかない。
二人してしばらく顔を見合わせていると、いきなり腕が軽くなった。

「よう伊月、久しぶりだなー」
「木吉!」

どうやら俺の荷物をひったくったのは木吉のようで。

「木吉、仕事は?」
「ん?おお、今日は早上がりだ」

時計を見ると午後4時をさしていて。
普段ならもう家についていて、調理を始めている時間帯だった。

「帰っても花宮がいなかったから何処に行ったんだろうと思ってうろうろしてたら、顔を見合わせてる伊月と花宮がみえたんでな。で、二人とも何してたんだ?」
「久しぶりに姿を見たから、さ。元気そうだったし、ちょっと話でもと思ったんだけど…」

伊月が少し言い淀む。
それは仕方のないことだ。
俺の声が殆ど出ないことは、木吉以外知らないのだから。

(返事したかったんだけど、声がでねえんだ。伝えてくれ)

木吉の方に手話でこう話しかける。
伝わるかどうか不安だったが、こうするしかないのだ。
声を出そうと思えばでるのだろうけれど、きっと木吉と二人きりでないと出ないだろうから。

「…ああ。なるほどな。伊月、花宮は無視したんじゃなくて声がでないんだよ」
「声、が?」
「おう。ちょっとしたことがあってな」

どうやらちゃんと伝わったらしい。
これで伝わらずにまったく違うことを言われたら大惨事になってしまう。

「そっか、じゃあ今度はメールにしよう。そしたらいつでもできるし、意思疎通しやすいもんな」

わりとあっさりと伊月は引きさがり、木吉から聞いてくれと伝えたあと、ゆっくりと反対方向に歩き出した。
なんだか申し訳ないような気持ちになりつつも、その背中を見送った。

「ところで、なんでまたこんなところに?」
(ただの気分転換だ)
「そっか。ここら、景色いいもんな」
(まあな。しかし、遠い)
「んー、そうか?まあ、歩いてくるには少し遠いか。収穫はあったか?」
(おう。あそこのスーパー品ぞろえいいぞ)
「なら次は車で行くか。ついでにドライブしようぜ」
(こんな近場でドライブもクソもねえよバァカ)
「それもそうだなー」

片方は声で、片方は手話で。
ゆっくりゆっくり肩を並べて、川沿いを歩いていく。

声がだせたら手がつなげたのにな、と思う反面、男同士で手をつなぐなんて周りに見られたらどうしよう、とも思う。
世間体を気にして付き合うなんてと思いつつも、どうしても抵抗ができてしまう。

「なー花宮、家に帰ったら抱きしめていいか?」
(は?)
「なんだか無性に抱きしめたくなった」
(…勝手にしろ)

顔をそむけたところで、きっと赤いのはバレているんだろうけれど。


だらだらと歩くこの時間が、一番幸せ。






幸せを詰め込んだ花束を
(君に送ろうと思ったんだ)


―――――――――――――――
りさ子様リクエストの「幸せ〜の続編」です。
幸せシリーズは木吉視点でしたので花宮で。
続編となると甘くなってしまいますね。
リクエストありがとうございました!


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