時刻は午後9時。
周りは真っ暗で、ちらほらとある街灯が灯っていた。
辺りはしんとしていて、家はあるけれど、世界にまるで取り残されたかのような気分になる。
吐く息は白く、指先は真っ赤。
寒さに凍えてしまいそうだなんて笑いながら、ゆっくりと足を進める。
「最近また冷えてきたな。寒くねえか、原」
何歩か先を歩いていた山崎が振り返る。
「んー?まあ、さみいけどこんぐらい平気」
「嘘つけ。鼻のてっぺん真っ赤だぞ」
山崎は原の方へと歩き、鼻の頭を指でつつく。
相当冷え切っていたのだろう、山崎は眉をしかめた。
「冷えすぎだろ。ほら、カイロ持ってろ」
カイロを投げ渡され、とっさに受け取った。
受け取って握りしめると、じんわりとした暖かさに包まれる。
「ん、ありがと」
「ほら、さっさと帰ろうぜ。さみい」
山崎はまた歩き出す。
原はじっとその背中を見ているだけで、歩き出そうとはしない。
(…なーんか、足りないなあ)
ぎゅ、とカイロを握りしめる。
暖かく、手の冷えはとれたはずなのに、どこか足りないと思っている自分がいる。
握りしめた手に息をふきかけても、どうも冷えたままで。
「原!」
「…夜中に大声出すのよくないよ、ザキ」
なかなか進まない原を心配してなのか、また振り返る山崎。
その顔には焦りのような、心配のような、入り混じった感情が表れていた。
「体調でも悪いのか?だから厚着しろって何度も…」
「別に悪いわけじゃねえし。ザキおかんみたい」
「おかんじゃねえよ!」
「知ってますぅー」
「お前ほんと…!!」
「きゃー暴力はんたーい」
けらけらと笑って、少しずつ進み出す原。
それをみて少しは安心したのだろう、強張っていた山崎の顔がゆるんだ。
「あーもう、とっとと帰るぞ!今日泊るんだろ!」
そういって、原の左手をとり、握りしめたまま歩き出す。
「ザキ、手」
「あ?夜中だしばれねえよ。にしてもお前ほんと手冷てえな」
さみいしおでんでも買ってかえるか、なんてのんきなことを言いつつも、手は離れなくて。
さっきまでどこか物足りなかったような、冷たいようなものは何処かへいってしまったように、軽くなって。
(…ああ、なんだ、そっか)
(手、繋ぎたかったんだ)
寂しかったのだろう、きっと。
そう原は結論づけて、山崎の手を強く握る。
「なあ原コンビニいかね?」
「いいよ。でもコンビニんなかでは手離してね」
「おう」
「んで、そのあとまた繋ご」
「いいぜ」
「やった、ザキだいすきー!」
「おっまいきなり抱きつくんじゃねえよ!!」
じゃれつきながら夜中の住宅街を歩く。
さっきまで寂しかったはずの手は暖かく。
取り残されたような気持ちなんてもう、どこにもなかった。
僕の左手と君の右手
(手を繋ぐだけでこんなにも変わるなんて)
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