*♀
*同棲


ほんとは分かっていた。
今のままでは駄目なことぐらい。
俺は木吉の膝を潰したのだから。
何度も離れようとした。

けれど、何度離れても、何度逃げても、木吉は必ず俺を見つけ出してくる。

どんだけ暗闇に沈んだって。
光すら入らない場所に堕ちていったって。
必ず引きずり出してくれて。

俺は木吉に沢山のものを与えてもらってるけど、逆に俺は何が与えられているのだろうか。
奪うだけで、何もできていないんじゃないか。
膝を奪って、バスケを奪って、幸せな未来まで奪って。
俺は女だから子は産めるけど、家事はあまりできないし、結婚したって木吉の負担が増えるだけで。

自分は与えられるだけで、奪うだけで。
負の感情が頭の中をぐるぐると駆け巡る。

離れるべきではないのか
木吉の幸せを願うためならそうするべきではないのか
自分がいるせいで木吉の負担になっているのではないか

ぐるぐる、ぐるぐる。
考えれば考えるほど、木吉にとって自分は必要のないものだと思えてくる。



ふとベッドを見る。
そこにはぐっすりと眠っている木吉がいて。
普段なら夜遅く帰ってきて、朝早く仕事に行く木吉が、今はぐっすりと眠っている。
慣れない仕事ばかりで疲れているのに、俺は何もできなくて。

ぐるぐる、ぐるぐる。
渦巻いてばかりのこの感情が煩わしい。
消したいのに消えてくれない。

そっと、木吉の髪をなでる。
眠っている顔は子どものようで。
安心しきった顔をして眠っていて。

不意に、目の前がぼやけていった。
瞬きをすると、頬に水が伝った。
泣いているのか。
寂しくもないのに。
手でぬぐっても、次から次へと溢れてくる。

眠っていると分かっているけれど、こんな自分を見せたくなくて、木吉から手を離した。
そして、そのまま部屋を出ようとした。

足を踏み出した瞬間、強く腕を引っ張られた。

「…花宮、おはよう」
「…おはよう」

ぎゅう、と強く抱きしめられて。
心臓の音がすぐ近くに聴こえて。

更に、涙があふれそうになって。

「花宮、泣かないでくれ。花宮に泣かれると、俺はどうしていいかわからない。
 何かあったのか?不安なことがあるなら言ってくれ、俺がなんとかするから」

背中から伝わるぬくもりと言葉。
自分を支えてくれるもの。
欲しい言葉を、ぬくもりを与えてくれるのに、俺は木吉には何も返せない。
それでも、抱きしめられた腕をほどくことはできなくて。

「…不安、とかじゃねえんだよ」

発した言葉は震えていて、普段の自分が聞けば笑ってしまうような声で。
ぽつり、ぽつり、涙と同じように言葉が、本心がこぼれていく。
言ってはいけないと頭の中で警告が鳴り響くのに、それに反して口は動いていく。


「俺といて木吉は幸せになれると思えなくて」
(言ってはいけないとわかっているのに)
「俺は幸せだけど、木吉の幸せを奪っているんじゃないかって」
(言ってしまえば離れるしかないのに)
「膝を潰して、バスケを奪っておいて、さらに幸せな未来まで奪うなんて、したくない」
(自己防衛の為の言葉なんていらないのに)
「最近になって少しずつ出来るようになったけど、家事だってほとんどできていないし、木吉の負担ばかり増えていって」
(嗚呼ガラクタだ、壊れたおもちゃだ、早く黙ってしまえ)
「与えられる幸せを返せなくて」
(言っては、いけないのに)

「俺がいないほうが、木吉は幸せになれるんじゃ、ないかって」

(俺は木吉がいないと生きていけないけれど、離れたほうがきっと)


言い終わって、後悔した。
これでは木吉に別れてくれと言っているようなものだと。
自分のことしか考えていない、木吉の為といいつつ自分の為に言ったような言葉ばかりで。
捻くれた自分が嫌で。

嗚呼、結局不安なんじゃないか。

泣きそうになるのをこらえようとしたとき、いきなり身体を反転されて。
正面から、木吉に抱きつく形になって。
腫れあがった瞼に、キスされて。

「花宮、やっぱり不安だったんだな、ごめんな」
「…木吉のせいじゃな、」
「いや、俺のせいだ」
「…違う」

抱き寄せて、頭を撫でてくれて、安心するように言葉をくれて。
不安にさせてごめん、だなんて。
どれだけ甘えればいいんだろう、どれだけ、どれだけ。

「あのな、花宮。俺はな、お前が傍にいるだけで幸せなんだよ」
「…うそだ」
「俺がお前に嘘をついたことがあったか?」
「な、いけど」
「だろう?しかし、不安にさせてしまったとは…やっぱり早い目に渡すべきだったか」
「…きよし?」

ぶつぶつと、小声で何か唸る木吉。
別れたほうがいいとか、考えているのだろうか。

木吉はなにやら決心したようで。
俺を抱きしめていた腕を外し、肩に置いて。
真っすぐに目を見て、

「花宮…いや、真。俺と結婚してください」

「…え」

茶化しているのかと思ったけれど、目は真剣で。
肩から、木吉の腕から心臓の音が聞こえてきて。

「普通の女の子が喜ぶようなムードとか俺には作れないし、頭もよくない。真を不安にしてしまうような言動だってしてしまう。けど、俺には真が必要です」

「俺は真となら不幸になっても構わない」

木吉の腕は震えていて。
真剣な表情には少し焦りが浮かんでいて。
大事な試合前ですら緊張しなかったような奴なのに。

「…ふっ」

思わず、笑ってしまった。

「…っはは、ははは!」
「真?」
「お前緊張しすぎだろ!汗やべえぞ!」
「…えっ!?うわほんとだ!」
「気付いてなかったのかよ」
「これは…シャツを変えないといけないな」
「はは、ムードぶち壊し」
「えー、真が笑いだしたからだろー?」

さっきまでの真剣な、陰鬱としたムードは何処へ行ったやら。
二人して顔を見合わせて、沢山笑って。
顔が痛くなるくらいにまで口角をつりあげて、腹の心の底から笑って。


それで、答えは?

答えなんて、決まっているさ。



「お前と一緒に不幸になってやるよ、鉄平!」



傍らで咲いた小さな花を
(愛でていこうじゃありませんか)


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木の傍で咲く花」に提出。
文章がわけわからん




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