帰り道、ふと遠回りしてみたくなって。
一人、駅から出る人の群れから離れて。
普段滅多に通らない、人通りの少ない道へ足を進める。
車も人もほとんどいない、川沿いの交差点。
ゆっくりと沈んでいく太陽。
悠々と流れていく川。
時々、思い出したかのように吹き流れる風。
(誰もいないし、いいだろ)
ふと思いついたことだった。
川辺までゆっくりと降りていく。
靴を脱ぎ捨て、靴下も放り投げ、ズボンを膝丈までまくりあげる。
ブレザーも脱いで、鞄の近くに放り投げる。
そして、そのまま川に足を突っ込んだ。
川は自分が足を入れた程度では、流れは変わることはなく。
風がまた柔らかく吹き流れ。
足をゆっくり進めて、川辺から少し離れた場所へ行き、また立ち止まる。
川は流れを止めることはなく。
そのことに、なぜか安心して。
腕もまくりあげて、手を川につける。
都会には珍しいくらいに澄んでいる川の水。
きらり、石が太陽の光に反射して輝く。
その石を手にとって、川からあげてみる。
それは川からあげても、綺麗に輝いていた。
その石はまるで、あいつのようで。
壊しても壊れず、輝くあいつのよう。
(…感傷的、ってか。ふはっ、ばかばかしい)
そう思っても、なぜか川から上がる気にも、石を戻す気にもなれず。
太陽はだんだんと沈んでいく。
手に持っている石に、キスを一つ落とす。
「…会いたい」
無意識に、そう呟いた。
そして、気付く。
自分が言ったことはなんてばかげたことなのか、と。
きっとこの石を手にとったからだろう。
そう想い、石を川の遠くへ投げようとした。
けれど、聴こえてきた声にそれは制止された。
「そんなところにいたら風邪ひくぞー?」
「…木吉」
川辺の方を振り向く。
そこには、会いたいと願った相手がいて。
「なんでそんなところにいるんだー?」
「…なんだっていいだろうが」
自分でもどうして川にはいったかわからない。
けれど、きっと。
変わらないものに、触れてみたかったのだろう。
川の流れは変わることがないから。
自分は変わらざるを得ないから。
変わってしまったから。
浄化、したかったのだろう。
「お前こそ、なんでいるんだよ」
「んー?いや、…たまたま?」
「嘘だろ。なんでたまたまでこっちにいるんだよ」
「はは、花宮は鋭いな!」
「分かるに決まってんだろバァカ。…で、なんでいるんだ」
「ん?おお、花宮に会いたくなったんだ!」
満面の笑み、とはまさにこのことだろう。
それぐらい笑って、俺を真っすぐ見て、そう答えた。
「…ばっかじゃねえの」
「かもしれんな。でも、来てよかったと思ってる」
「なんでだよ」
そう聞けば、んー、だの歯切れの悪い声を出して。
少し時間がたってから、あいつも靴を脱いで、靴下を脱ぎすてて、ズボンをまくりあげて。
そして、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
おお、やっぱ冷えるなー、なんてのんきな声を出しながら。
「…花宮が、とても寂しそうな顔をしていたからな」
そう言って、肩を掴んで抱き寄せて。
夕方の川で、男二人が抱き合っているだなんて、笑い話にもなりやしない。
「…ばかじゃねえの、おまえ」
「それ、さっきも言ったぞ?」
「うるせえよ、バァカ」
木吉は抱きしめる腕を離さない。
俺も、服を握る手を離さない。
寒いから、そう自分に言い訳して。
「そろそろ帰ろう。今日泊るだろ?」
「…誰も泊るとは言ってねえだろ」
「えっ!?」
「…仕方ねえから、泊ってやるよ。バァカ」
「ありがとな!そうと決まればすぐ帰ろう!」
抱きしめる腕が離れた。
それが少し寂しい、なんて思ってしまった。
木吉は察したのだろう、俺の手を掴み、握ってきた。
その手の暖かさに、とても安心して。
思わず、頬が緩んだ。
「花宮。俺はな、お前が何処にいっても、必ず俺が探し出してやるよ。けどな、あまり遠くに行かれると寂しいんだ」
「だから、できたら俺の横にいてほしいんだ」
川から上がり、帰り仕度を整えていると、木吉はこちらを見ずに、ぽつりとこぼした。
その言葉がとても胸に沁みこんで。
「…仕方ねえ奴だな」
そっと、背中に手を置いて。
「…帰ろうぜ。お前が寂しいっつうなら、不本意だが傍にいてやるよ」
ゆっくりと、日の沈んだ交差点を肩を並べて歩く。
太陽は沈みきったけれど。
もう、寂しくなかった。
黄昏時君と交差点で
(君と僕の心も、交差したみたいです)
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あまもん様リクエスト「ほのぼの木花」です
ほのぼの…してますかねこれ…
変わらないものを求める花宮と花宮が傍にいるという事実を変えたくない木吉でした。
お気に召されたら幸いでございます。
リクエストありがとうございました!
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