嘘と棘と自分の心の続き


朝、目覚めると声が出なかった。
喉は全く痛みを感じないのに、声が出ない。
出そうとすればするほど、喉がつっぱり、音がでなかった。
この時初めて、自分が傷ついているということに気がついた。

自分はこんなにも脆かったのか。

純粋に驚く。
声が出なくなるまで、我慢していた自分に拍手したい気分だった。

声が出ないからといって、学校をさぼるわけにはいかない。
いつものように支度をし、ラッキーアイテムを鞄につめる。
必要ないだろうが、小さなメモとペンをポケットにいれる。
誰かと話すこともないだろうし、話すとなれば筆談をすればいい。

自分が話さなければ、学校は平穏だろうから。
部活時の声だしは風邪だとごまかせばいい。

淡々と考えをまとめ、玄関のドアを開ける。
高尾は既に来ていた。

「おはよ、真ちゃん」

笑って、片手をあげる高尾。
いつものようにおはよう、と言おうとしたが、声が出ないことを思い出す。
ポケットからメモ帳を取りだし、おはよう、と書いて高尾に差し出す。
高尾は不思議そうな顔で俺を見てきた。

「・・・俺と喋りたくない?」

違う、そうではない。
否定するため、首を横にふる。
そうすれば高尾は察したらしい。

「声、出ねえの?」

肯定するため、首を縦にふる。

「風邪ひいた?」

否定。

「じゃあなんで?」

わからない。
首をかしげる。

そうすると、高尾は寂しそうな表情になった。

「・・・そっか。はやく原因がわかるといいな」

部活、遅刻するよ。
俺が漕ぐから、はやく行こう。

後ろに乗ることを促されたため、おとなしくリアカーに乗る。
ゆっくりと動き出す。
風が心地よい。


「・・・なんで頼ってくれないんだよ。ばか」


高尾がこぼした言葉は、俺の耳には拾えなかった。


***


学校にいる間はマスクをしておいた。
こうすれば、声が出ないことをごまかせるから。
実際、先生方やクラスメイトは風邪で声が出ないと言えば納得してくれた。
時々見え隠れする、刺すような、邪魔なものを見るような視線は感じないフリをした。

声を失った程度では、存在は消せないのか。

自分という存在がどれほど邪魔であったかなんて、理解したくもなかった。

(…滑稽だな)

今まで避けるだけだったのに。
話さなくなった途端に聴こえ出す、まるで幻聴のように思える、刺々しい言葉。
気にならない、気にしない、気にしてはいけない。
今までそうしていたのに。
声を失った程度で此処まで壊れる、此処まで揺らぐ己に腹が立つ。

人の目すら見たくなくて、ずっと何処か、遠いところを見ていた。


***


部活中もマスクをして過ごした。
先輩たちは怪訝そうな顔をしていたが、高尾がなんとか取り繕ってくれた。
お前でも風邪をひくんだな、だとか、早く治さねえと轢く、だとか。
なんだかんだと優しい先輩方や、高尾に嘘をついていることが心にひっかかってしまう。
実際は風邪ではない。
けれど、風邪をひいたといった風にして、ごまかしている。

沈んだ心は浮き上がることはなく。
ただゆっくり、ゆっくりと戻れないところまで沈んでいた。






声がでないのは、
だせなくなったのは、
自分の退路を自分でなくしただけなのかもしれないと。
扉は締め切った。
鍵は、投げ捨てた。
もうどうあがいても抜け出せない。


たすけて


棘だらけの心が叫ぶ。
ぐらぐらと、視界が歪む。
周りのざわつきも、視線も、消えてしまえばいい。

傾きつつある自分の身体。
足に力がはいらない。
襲いかかる寒気と嫌悪感。

「・・・っ真ちゃん!?」

鈍い音が響く。
身体が軋む。
侵略してくる闇に身を任せる。
先輩や高尾、監督が自分の名前を呼んだのを認識したあと、俺は意識をとばした。



荊の道を裸足で歩く
(光すらみつからないなか、ひたすらに歩き続けた末路)


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