夢の終わり、幸せのはじまりの花宮視点
これが幸せなら、二度と覚めないでほしい。
ずっと、ずっと。
木吉が傍に居て笑ってくれる。
俺も笑える。
これが、幸せ。
現実の、外の世界なんてもう興味がなかった。
木吉本人に会うことができないのはつらいが、それでも。
こうやって幸せに浸れる。
傍にいても許される。
それだけでいい。
傍に居ることも、思うことも許されない現実なんていらなかった。
あれから何日経過したかなんて、分からない。
分かりたくもない。
この世界が、俺にとっての現実で、幸せだった。
なのに。
夢の中の木吉は言う。
お前はもう此処に居てはいけないと。
目覚めるべきだと。
それは嫌だ、と返す。
そうしたら、駄目だ、目覚めろ。と怒られる。
どうして。
まだ、ここにいたいのに。
ずっとここに、いたいのに。
お前はもう、愛されているよ。
夢の世界の君は、とても綺麗に微笑んで。
俺はただ、それを眺めることしかできなかった。
***
だんだんと意識が浮上していく。
まだ起きたくない、と無駄な抵抗をしてみたところで何も変わらない。
目を開けることはない。
まだ眠っていたい。
そんなとき、左手が暖かいものに包まれた。
それが手だと認識するまで時間がかかった。
だんだんと力が籠っていく手。
聴こえた、声。
「・・・愛してる。愛してるんだ。・・・お前以外考えられないんだ・・・っ」
木吉の声。
何故此処にいるのか、それすら理解できない。
左手が痛い。
熱い。
木吉の強さが、ぬくもりが、痛い。
しかし、不快ではなかった。
探し求めていたものが、現実になっているなんて。
これはまだ夢なのだろうか。
力のまったく入らない手で、木吉の手を握る。
それは握るというよりも、触れるといったほうが正しかった。
「…い、てえ、よ」
掠れた、振り絞ったような声。
自分の声だなんて思えなかった。
木吉と目があう。
「…花宮っ!」
泣きそうな顔をしている木吉。
何度か瞬きをして、これが夢なのか現実なのかを確認する。
手のぬくもりや感触。
真っ白な部屋。
シーツのこすれる音。
どうやら、現実らしい。
強く握られていた手が少し緩む。
不思議に思い、木吉を見る。
木吉は真剣な表情をしていた。
「…お前の想いに、気付けなくて悪かった」
「…え、」
何を言っているのか。
気付けなくて悪いだなんて、何を馬鹿な事を。
気付かせないようにしていたのだから当然だろうに。
まず、俺がお前を好きになってはいけないのに。
俺がした行為を、忘れたっていうのか?
その思考を遮るように、木吉は言葉を発した。
「花宮、俺、花宮のことがすきだ。俺と、付き合ってください」
どうして。
俺は、木吉を好きなままでいいの?
木吉は、本当に好き?
それすら分からない。
けれど、それでも。
嘘でもいいから、縋りたいんだ。
自分の左手を見る。
其処には、銀色に光る指輪があった。
いつこれがはめられたのか分からない。
けれど、この指輪をみて、信じてみてもいいかもしれないと思った。
「…っ」
はい、と。
そう返事したいのに、声がでない。
さっきまで出ていたのに。
喉がはりついて気持ち悪い。
今言わなければいけないのに。
今言わなければ、また離れてしまうのに。
声を振り絞ろうとすると、木吉がそれを制する。
「・・・花宮。はい、だったらこの手を握ってくれないか?いいえ、だったら手をおろしてくれ」
片手が離れる。
この後に及んでまだ断るとでも思っているのだろうか。
答えなんて決まりきっているのに。
ゆっくりと、木吉の手を握る。
まったく力がはいらないけれど。
それでも、この想いが届くように。
「・・・す、き」
やっとでた声はもっと掠れていて。
お世辞にもきれいな声とは言えないけれど。
それでも、自分の声で伝えたかった。
「・・・ありがとう、花宮。」
俺からも、ありがとうと言おうとしたけれど。
これ以上は声は出ないだろうから。
自分が眠る前にした時と同じように、一番綺麗な笑顔を。
貴方に出会えて、幸せですと。
幸せはきっとこの世界に
(歩き続けた道のその先に、君が待っていてくれた)
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