幸せ行きの切符の続き


君が幸せであるように



俺は高校を卒業し、すぐ就職して働きだした。
周りも就職だったり進学だったり、各々自分の道に進みだした。
就職しても、バスケは辞めなかった。
膝のことがあるからあまり激しくはできなかったが、それでも誠凛の奴らとするバスケは楽しかった。

就職し、しばらくしてから一人暮らしを始めた。
実家とさほど離れていない場所で、じいちゃんの知り合いが経営している場所だった。
引っ越しの際、持っていくものと置いていくものを分別するため片付けをしていた。
いらない雑誌をついでに捨てようとしたとき、ぱらり、と封筒が落ちてきた。

見覚えのある、茶色の封筒。
宛名も差出人もかかれていないそれ。

手に取ってみる。
あのときとかわらない重さだった。

「・・・花宮」

彼からのラブレター。

花宮が目覚めたら連絡する、だからお前は自分の道を行け。

古橋はそう言っていた。
それ以来連絡がないということは、まだ目覚めていないのだろう。

「・・・花宮」

封筒にキスを落とす。

忘れようとしていた想いが込み上げてくる。

会いたい。

引っ越し作業を放り投げ、財布と携帯をポケットにつっこむ。
素早く靴をはき、走り出す。
自分のエゴだと思っているが、とめられなかった。


***


相変わらず、全部が白ではないかと錯覚しそうな部屋。
花宮は未だにその部屋のベッドで眠っていた。

あの日から花宮は眠り続けている。
目覚めることはない。

進んでいく俺と、とまったままの花宮。
夢の世界は進んでいるのだろうか。

「・・・起きろよ」

起こす術は自分にある。
そう信じこむ。
花宮は、自分が起こす。
それが自分にできる、彼を幸せにする方法。

「・・・また、明日な」

明日に決着をつける。
その準備の為に、病室から出ていった。

花宮が少しだけ動いたことには、気づかなかった。


***


帰ってから大急ぎで引っ越しの準備をし、必要なものを詰めた段ボールを引っ越し先に運び終えた後、俺は一人でアクセサリーショップに来ていた。
今の俺にはあまり高価なものは買えないため、中高生が来るような店にした。

その店で、目当てのものを購入する。
ラッピングしてもらってもよかったが、渡す時に必要ないと判断したため、簡素にしてもらった。

これで、準備は整った。

時計を見る。
針は午後8時をさしていた。


***


詰んである段ボールを片付け、新しい生活を始める準備は完了し、とてもすっきりしていた。
雲ひとつない晴天。
まるで今からの行為を後押ししてくれるような、そんな空だった。

財布と携帯、それから封筒と昨日購入したものを鞄につめる。
部屋を一望し、いってきます、と声を出す。

どきどき。

緊張が走る。

大事な試合の前よりも強い緊張。
起きてくれるかどうかもわからない相手に告白するのだ。

待っていてくれよ、花宮。

青空を背景に、病院へと走る。
幸せ行きの切符を、片手に握りしめて。


***


昨日とまったく変わらない、無機質な部屋。
眠っている花宮。

花宮の手を握る。
あの頃から何も変わらないように見える。
綺麗な手。
どれだけ恋い焦がれただろう。
触れてみたいと何度思っただろう。

「なあ、花宮。お前に・・・幸せをやるよ」

その、綺麗な手の―――左手の薬指に、指輪をはめる。
きらり、銀色が光る。
ゆっくりと、握る手に力をいれる。

「・・・愛してる。愛してるんだ。・・・お前以外考えられないんだ・・・っ」

目の前がぼやけてくる。
両手で握りしめる。
細く、頼りない手。

その手が、俺の手に触れた。
握る、というにはあまりにも弱々しかった。

「・・・い、てえ、よ」

顔をあげると、花宮と目があった。

「・・・花宮っ!」

目覚めた花宮は、まだ目をとろん、とさせていて。
また眠ってしまいそうだった。

もう一度、今度は優しく花宮の手を握る。
真っ直ぐに、花宮を見る。

「・・・お前の想いに、気づけなくて悪かった」

そう言うと、おどろいた目で見つめてきた。

「・・・え、」

信じられない。
目がそう訴えてくる。
信じられないのなら、信じさせるまで。

「花宮、俺、花宮のことがすきだ。俺と、付き合ってください」

泣きそうになっている花宮。
それすらかわいいと感じるほど、自分は花宮が好きなようだ。

「・・・っ」

花宮からの返事がない。
顔をみる。
そこには、必死に口をあけようとする花宮がいた。
そして、気付く。
声がだしにくいのだと。
あれだけ眠っていたのだから当然といえばそうなのに、そのことが頭から抜けていた。

「・・・花宮。はい、だったらこの手を握ってくれないか?いいえ、だったら手をおろしてくれ」

おろしやすいように、片手を外す。

ゆっくりと、手が握られる。
まったく力がこもっていないけれど。
その暖かさが、ぬくもりが、染み込んでいく。

「・・・す、き」

掠れた声。
花宮の、声。
恋い焦がれたもの。
やっと、聞くことができた。

「・・・ありがとう、花宮。」

柔らかく笑う花宮に、ああ敵わないな、そう思った。


***


あれから、花宮はしばらく入院し、リハビリをしたあと退院した。
帰る場所がない、という花宮に、同棲しないかと持ちかけたら、顔を真っ赤にして「・・・うん」と答えてくれた。
あのときの花宮のかわいさは国宝レベルだと思う。

ずっと甘えていられないと、高校卒業の資格をとり、働き出せるように頑張っている。
まだあまり声はだせないが、前よりもでるようになってきた。
それに、昔よりも柔らかくなった。
優しく笑うようになった。
そんな花宮が、とても美しく見えた。


自宅に戻る。
扉をあけると、夕飯のにおい。
そこには花宮がいて。

「ただいま、花宮」

声をかけると、こちらを向き、唇を動かす。
あの動きは、おかえり、と言ったようだ。

幸せそうに笑う花宮をみて、ああ、幸せだなあ、と感じた。


夕食と風呂をすませ、あとは寝るだけ。
そんな時間に、俺は花宮と向かい合い、座っていた。
花宮は怪訝そうな顔をしている。

そっと、左手をとる。
そして、薬指の指輪を外す。
花宮はただ、それをみている。

「これはもう、必要ない」

フローリングに指輪を置く。
鈍く光るそれ。

ポケットから、新しく購入した、シルバーの指輪を取りだし、花宮の薬指につける。
自分の左手の薬指にも、それをつける。

左手を握り、花宮を見る。

「花宮、花宮の一生を、俺にください」

我ながらムードもなにもないと思う。
お互い寝間着で、自分の家で座りこんで。
プロポーズの言葉すら情けない。

きゅ、と、前と同じように手が握られる。
前とは違い、力がこもっている。

「・・・しかた、ねえ、から」

くれて、やる。

泣き出しそうな顔で、それでも、笑って。
愛しさが込み上げてくる。
抱き寄せる。
暖かい彼の身体。

「幸せにする。絶対に」
「・・・ばぁか」


これ以上の幸せなんて、もうないよ。



夢の終わり、幸せのはじまり
(現実の幸せを手にいれたお姫様と、王子様のお話)


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