*木←花
夢の中の俺はとても素直で。
あいつに厳しいことも言わないし、強くあたることもしない。
あいつも俺に笑いかけてくれるし、優しくしてくれる。
足の怪我なんてないし、俺も悪童なんて呼ばれていない。
とても、幸せな夢。
目が覚める。
目覚めるたびに泣きたくなる。
嗚呼この世界の俺は醜い。
あいつの足を潰したし、こんな・・・叶わない恋心を抱いている。
あいつは―――木吉は、まるで太陽のような奴だった。
俺とはまったく正反対。
だからこそ、惹かれたのかもしれない。
しかしそれは、憧れに似ているのに、俺が抱いている感情は違うもので。
夢の中なら、あんなにも幸せなのに。
ふう、とため息をひとつこぼし、支度をする。
また、1日が始まる。
***
1日が終われば後は幸せな時間。
あの夢の世界へ旅立つことができる時間。
誰にも邪魔されないし、文句を言われることのない時間。
嗚呼なんて幸せなんだろう。
枕に顔をうずめると、だんだん闇に引き込まれていく。
…夢の中でくらい、幸せになってもいいよな。
ゆっくりと瞼を閉じ、闇に身を任せる。
少しずつ、少しずつ。
自分の身体の異変なんて気づかずに。
***
「・・・花宮、最近おかしいぞ」
「・・・いきなりなんだよ」
朝、遅刻ぎりぎりに部活に来た俺に古橋はこう投げ掛けた。
「眠るのが早すぎないか・・・?昨日メールしたんだか。あえて無視したのか?」
「メール?んなもん知らねえぞ」
気になり自分の携帯を開く。
新着通知が三件。
どれも古橋からだった。
「・・・まじかよ。わりいな」
「いや、構わないが・・・最近授業中も上の空だし、体調でも悪いのか?」
「別に悪かねえよ」
「・・・そうか」
ならいい、と踵を返し、部室に行く古橋。
新着メールが着信した時刻は午後9時。
普段の、前の自分はこの時間に眠ることなんてなかった。
それに、最近は古橋が言ったように、授業に集中できなくなった。
ことあるごとに、夢をみるようになってきた。
だんだんと睡眠時間が活動時間を上回るようになっていった。
起きていられないようになってきた。
夢の中の世界はまったく変わらず、いつも通りで。
いつしか俺は、夢の中の世界だけを求めるようになっていた。
変わらず笑いかけてくれる夢の中の木吉。
すべてを受け入れてくれる世界。
これが幸せなんだと、ここなら幸せでもいいのだと思えて。
それを信じきった。
それが一番だと。
夢の中では必要としてくれるのだから、そっちにいかない手はないだろう。
そう決めて。
明日でこの“現実世界”にお別れしようと決意して。
**
時刻は午後9時。
いつもならもう眠っている時間。
なんとか眠るのを持ちこたえ、一枚の便箋を取り出す。
そこに、あいつの、木吉の名前を出さずに、ただつらつらと自分の思いを綴った。
愛していると。
後悔していると。
今までの行動は許さないでほしいと。
夢の中で会うことは許してほしいと。
いつの間にか三枚に増えていたラブレターを、なんの可愛げもない茶封筒にいれて。
自分の名前も木吉の名前も書かずに封をした。
それを机の引き出しにいれ、ベッドに足を運ぶ。
もう、これで区切りはついた。
霧崎のやつらには申し訳ないと思いながら寝ころぶ。
これで、幸せになれる。
いつもと同じように、闇に身を任せて、眠りについた。
***
時刻は午後6時。
午前中に目覚めることができず、学校をさぼってしまった。
いつもならこんなへまはしない。
しかし、もうどうでもよかった。
もう関係ないのだから。
ジーパンにTシャツ、その上にパーカーを羽織り、携帯と財布だけ持ち、外にでる。
家で眠ってもよかったが、最近異変に気づいた親がやけに干渉してくるため、眠る邪魔をされると思い、以前見つけた立ち入り禁止の廃墟ビルへと足を進める。
ここなら誰にも邪魔をしに来ねえだろ。
入り口までたどり着き、入ろうとした瞬間。
誰かに腕を捕まれた。
「・・・花宮、だよな?そこ、立ち入り禁止だぞ」
「・・・あ?誰だよ」
はやく眠りたい。
その一心で来たため、人がいることなど視野になかった。
「忘れたとは言わせない」
さらに腕を強く掴み、振り向かせるようにひっぱる。
されるがまま振り向いた。
そこには誠凛の、伊月がいた。
「お前こそなんでいるんだよ」
「近くを通りかかっただけだ。そしたら、そこのビルに入っていくお前が見えた」
「立ち入り禁止だから、入るなってわざわざ注意しにきたわけか。ご苦労なことだな」
「・・・それに、なんだか花宮がつらそうだったから」
「・・・な、に言って」
「なあ、なんか悩んでるのか?なら・・・お前が木吉にしたことを許すわけじゃないけど、話くらいなら」
「・・・ふざけんな」
今こいつは何を言った?
俺がつらそう?
許す気はないが話はきく?
馬鹿馬鹿しい。
「おせっかいもほどほどにしろよ。お前、自分が何言ったか理解してんの?」
「しているさ」
「笑っちまうぜ。偽善もたいがいにしろよ」
「・・・木吉になにかされる前に予防しないといけないだろ」
「成る程ねえ・・・」
話している間にも刻一刻と身体のタイムリミットは過ぎていく。
眠りたくて仕方がない。
早く会いたい。
夢の中の、木吉に。
「おい、花宮!・・・花宮?」
俺は笑っていた。
きっと普段の嘲笑うような笑みではなく、純粋に、笑っていた。
「・・・あっちの世界だと、俺は汚れていなくて、あいつに触れるんだ」
「・・・花宮?」
「こっちで叶わないなら・・・あっちで叶えても、いいよな」
最後に、今までしたことないような、一番きれいな笑顔で。
「おやすみ」
あせる伊月の顔。
傾く自分の身体。
最後に、現実の木吉を見たかったな。
そう思いながら、意識を手放した。
幸せを掴んだお姫様
(現実を犠牲に、夢の世界で幸せを手に入れた)
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