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彼はまるで太陽のよう。
明るくて、まぶしくて、綺麗で。
絶対に手が届かない。
例え届いたとしても、きっと焼け死んでしまうのだろう。
見えているのに触れない。
遠くから、そっと見ることしかできないのだ。
掌を太陽にかざす。
雲一つない晴天で、太陽の光を覆うものはなにもない。
(…暑い)
じりじりと射す光が痛い。
首を日焼けしたくないから、とおろしていた髪を結ぶ。
横に流し、首が見えるようにする。
前に、彼がこの髪を好きだと言った。
綺麗だと。
触りたくなる髪だと。
長い方が、似合っていると。
たったそれだけの言葉を信じきった。
髪を今まで伸ばし続けていた。
(…暑くて、とけてしまいそう)
昔のことを思い出して泣きそうなのは、きっと暑いから。
全て暑さの、太陽のせいにして先に進もうとした。
ふわり、
風がふいて、胸のリボンがたなびく。
握っていたもう一つのリボンが手からすり抜け、風と共に舞い上がる。
すぐ手を伸ばせば捕まえられるはずなのに、なぜかそうできなかった。
そのリボンが、まるで彼のようだったから。
捕えたはずなのに、すぐこの手をすりぬける、彼のように。
リボンが飛んだ方へ、ゆっくり足を進める。
何処かにひっかかっていたならばとればいい。
もし無くなっていたら、そのまま忘れてしまえばいい。
あのリボンは彼に貰ったものだけれど、彼はきっとそのことを忘れているだろう。
(…あんなもの、貰うんじゃなかった)
しばらくその場に佇んでいると、後ろから声が聞こえてきた。
「…おい、大丈夫か?」
「あれ、髪の毛くくったんだー。可愛いじゃん超タイプ」
「なに口説こうとしてんだよ。…熱中症にでもなったか?」
心配そうな声。
聴こえてきた声に安堵して、ほっと息をついて。
「や、この辺りの景色、綺麗だと思っただけっス。さ、行きましょ」
ゆっくりと身体を反転させ、笑う。
先輩達は大丈夫だと判断したのだろう、また足を進め出した。
嗚呼、あのリボンはどうなったのかな。
どうでもいいか。
きっともう忘れているのだから。
少し勿体ない気もするけれど。
ゆっくりと、足を進めようとした。
「…忘れていこうとしてんじゃねえよ、馬鹿」
後ろから、声。
その声は、大好きで、明るくて、まぶしくて―――太陽のような、彼の、声。
目の前がぼやけていく。
涙がぽたり、ぽたりと落ちていく。
「んだよ、何も変わってねえじゃねえか。…泣き虫だな」
そう言って両腕を広げるあの人の―――青峰っちの元へとかけていった。
後ろから聴こえる心配そうな声も、風も全て振りきって。
その腕に飛び込んだ。
青峰っちは私をしっかりと抱きしめ、ヘアゴムで結んだ髪にそのリボンをくくりつけた。
「よく似合ってるぜ、それ」
「……ばか、でしょ。そんなの、」
「ばかでもなんでもいい。お前の―――黄瀬の傍に居れるなら、なんだって受け入れてやるよ」
もう一度、ばかでしょ、青峰っち。と言おうとしたけれど、その言葉は彼の口の中に溶けた。
まるで太陽
(手にはいらないと思いこんでいたそれを、やっと手に入れた)
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