マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ ラストメッセージ

 キャリーケースに荷物を詰め込む。部屋の掃除も済ませて、出発の準備が整った。あとは気持ちの整理だけ。
 右手には数時間前に発見した煙草のソフトケースが握り潰され、もう原型を留めていない。おれはそれをキャリーケースに適当に入れた。一瞬、ラピスラズリが目に入る。

「師匠、」

 会いたい。ほんの少しでいいから会って話がしたい。でも彼に会うことは目的を捨てるという意味だから、絶対に会えない。目的を捨てるということは、ここでの一年間が無駄になるということだから。

 一年間。まるで漫画やドラマのような日々だったと思う。絡まれてるツナを助けたり、、マフィアに勧誘されたり。
 熱で倒れている所を笹川兄妹に助けられたこともあった。道端で出会った正の家に上がりこんだり、土手で恭弥と戦ったりもした。そういえば獄寺とのケンカの後に不良に絡まれて、それをおかしなことにケンカした本人に助けられた、なんてこともあったっけ。

「……」

 ツナの家には最後まで迷惑かけっぱなしだった。
 奈々さんは本当に優しくて涙が出そうだった。ランボさんやイーちゃんやフゥ太は可愛いかったし、ビアンキはなんだかんだで仲良くしてくれた。
 ハルちゃんやディーノさんはたまにしか会えなかったけどいい人達だった。シャマルさんは体を大事にしろと言って、おれを叱ってくれた。

 笹川兄妹は本当に心がキレイで、少しだけ憧れた。京子ちゃんは理想の妹だと思うし、了平は無鉄砲だけどすごくいいお兄ちゃんだ。

 山本には弱い所を見せてしまって、今はちょっと反省している。でもあれは、彼の手があたたかいのがいけない。おかげで涙がこぼれた。

 恭弥の独特な雰囲気が好きだった。あの距離が、あの関係が心地よかった。

 獄寺は……、隼人は、ツナをとても慕っていて。嫌われてたけど最後にほんの少しだけでも笑顔が見れて嬉しかった。

 リボーンはつかみどころがなくて、人を巻き込んで、よくニヒルな笑みを浮かべて。でもあの雨の日に見た揺るぎない瞳のおかげで、おれはみんなの元に帰ることができたんだ。

 ツナは気が弱くて頼りないけれど、誰よりも優しい子。おれが一度も体験出来なかった学校生活を教えてくれて、愚痴とか好きな子の話とか、そんな些細なでも聞くのが楽しかった。

 もしも彼が本当にマフィアのボスになるのなら、わたしは……
 あのファミリーに入るのもいいかな、なんて思ってしまった。

「っ、」

 胸が苦しい。痛い。一年間も過ごせば、関わった人達に愛着が湧くことくらい分かっていた。自分の胸が痛んでも、目的が最優先だから気付かないフリをしていたんだ。
 目的のためなら、自分がどんなに痛もうと構わなかった。

「……でも、」

 無理やり心を落ち着かせる。そして頬を伝う涙をぬぐい、窓を開けた。
 空には星が散りばめられている。玄関を使うと気付かれる可能性があるから、前もって靴を部屋に運んでおいた。ベランダまで歩き、それを履いて柵に腰を下ろす。

「これで達成したよ、兄さん」

 知らない土地の誰かに『千星』の存在と記憶を残す。その目的が達成された。あのドクターに性別がバレたせいで、無事にと言えないのが悔しいところだ。

 ツナ達の瞳に千星がどう映ったのかは分からないけれど、きっと彼らの記憶の中で、わたしの最愛の兄は生き続けてくれるだろう。
 あとは最後の逃亡をするのみ、だったんだけどな。例の煙草ケースで予定が狂ってしまった。でもそれは仕方ないと頭の中で割りきる。

 気持ちを整理して、もう一度だけ部屋を振り返った。
 当たり前のように、そこには誰もいない。
 それで良かった。

「ばいばい」

 そして、おれは並盛から姿を消した。




20090222

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