▼ 怖いもの
木に登って適当な場所に腰を下ろす。辺りは暗く、肝試しには絶好の環境だ。この高い場所からは墓地全体を見渡せ、それぞれがペアと一緒に隠れているのがわかる。
今日の肝試しはツナとランボさん以外の全員が脅かし役らしい。二人の不幸な役回りっぷりに、心の中で合掌した。
「相変わらずコスプレはするんだ」
「まあな。他の奴らも今日は気合い入ってるぞ」
おれと共に木の上から見守るリボーンに声をかける。この赤ん坊は今、幽霊の格好をした。
他の子達もなんらかの妖怪の格好をして、ツナとランボさんを待ち受けている。ハルちゃんに至っては着ぐるみだから原型すらわからない。
「ツナってリアクション大王だから脅かす側としては嬉しいよな」
「あいつはビビりだからな」
「ははっ、でも夜の墓場なんておれだって怖くて歩けない」
「そうなのか?」
「うん」
お互い視線は眼下の景色。言葉だけのやり取りだった。
「意外だな」
「何が?」
「千星は普段飄々としてるから想像できねぇ」
「おれにも怖いものの一つや二つくらいあるよ。リボーンはないの?」
「どうだろうな」
「あ、隠したでしょ」
「お互い様だろ」
顔を向けると相変わらずシニカルな笑みを見せつけるリボーン。小さな殺し屋は自分の過去を晒す気はないらしい。
おれは視線を戻す。そこには大人ランボさんが姿を現していた。
「あれ、ランボさんいつの間に十年バズーカ使ったの」
「使ってねーぞ」
「え?」
「あれは大人ランボじゃなくてロメオっていってな。ビアンキの死んだ恋人だ」
「……ってことは」
「幽霊だな」
その場からジャンプして逃げようとするおれ。しかしリボーンにひんやりと冷たい何かを頭に押し当てられ、未遂に終わった。銃口が、側頭部にぴたりと密着している。
「なにこれ」
「説明しなきゃわかんねーのか」
「……はぁ」
おれは飛び降りることを諦めて座り直した。すると銃口はゆっくりと離れていく。
大人ランボさんにそっくりなビアンキの元恋人は、ツナと接触して何やら話を始めた。そのすぐ後に本物の大人ランボさんが出現して、焦った様子のツナ。似た者同士の二人はやけに余裕の表情だ。
「どうなってるの?」
「ビアンキの仕業だぞ。降霊師を雇って呼び出したんだ。なんでも一発ぶちかましてスッキリしてーんだとよ」
「じゃあツナは大丈夫なの? なんかすごい事になってるけど……」
「たぶんそろそろビアンキが来るからな。心配いらねーぞ」
ツナと大人ランボさんの腕を掴んでどこからか現れた扉の中に引きずり込もうとする元恋人。
「あの扉は?」
「さあな。もしかしたら死後の世界にでも繋がってるのかもな」
「──ふうん」
その扉を凝視する。確かに何か嫌な感じがした。死後の世界、ねぇ。本当にあるのだろうか。もしあるのだとしたらきっとおれは地獄行きだな。いや、行くのはわたしか。
「何考えてんだ」
「なんでもない」
「嘘つけ。表情が固いぞ」
「……はは」
無理やり笑顔を作ったけれど、力無い笑い声が出るだけだった。
視線を下にやると、ビアンキが走りながらポイズンクッキングを元恋人と大人ランボさんに当てていた。見事な腕前だけど、何も悪くないランボさんが可哀想に思えて仕方ない。本当に損な役回りだ。
「千星はどうして逃げようとしたんだ」
「さっきのこと?」
「あぁ」
「幽霊が怖いから」
「ガキみてぇだな」
「ガキで悪かったね」
しょうがないじゃないか。怖いものは怖いんだもん。もしも今までに手に掛けた人達が現れたらどうしようって、何度思ったことか。
「じゃあこっちも質問。どうしてリボーンはおれが逃げるのを止めたの? おれ一人いなくなっても何も変わらないだろ」
「さあな」
「えー、またそれ?」
「……一人で見てるのが退屈だと思ったのかもしれねーな」
20090222
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