マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ レセプター


「もしもし」
「六時までに神社に来て」
「……恭弥?」
「君は僕の声すらわからないのかい?」
「それはちゃんと分かるけど……でもいつの間に、」

 おれの番号知ったの。そう言う前に電話は一方的に切られてしまった。なんて自分勝手なんだ。別に今に始まった事ではないし、そんな所も嫌いじゃないけれど。
 恭弥と最後に会ったのはいつだったか。雪合戦以来だったような気もするが、違う。確かマフィアの武器職人がツナの家に来た日、応接室のソファーを借りて寝た時だ。──眠っている間にちゃっかり携帯をいじっていたということか。

「でもあいつ六時って言ってたけど、今五十分だよな」

 要約すると十分で着けって話だ。……ま、あいつに振り回されるのもたまにはいいか。



「ワオ! 本当に六時に着くとは思わなかった」
「頑張ったから………はぁ」
「走ってきたの?」
「ノンストップで走らなきゃ絶対着かなかったよ」
「ふうん」
「何?」
「別に」

 その後は今日の風紀委員の活動を聞かされた。屋台を出す人々から活動費用として五万円徴収するらしい。あんなに学校側から費用を貰ってるのに、将来何をするつもりなんだろうか。
 おれと恭弥は二人での行動するらしく、ツナ達の誘いを断ったのが水の泡となった。
 神社の階段を降りる。辺り一面には屋台が規則正しく並んでいた。恭弥はその一つ一つに金を要求していく。昔からの伝統と言うだけあって、店主たちはすんなり渡していた。大人が中学生に金を払う姿はなんとも言い難い。

「あっ……」
「ん?」

 遠目でその様子を見守っていれば、足に何かがぶつかる感覚がした。振り返ってみれば小さな女の子が密着している。どうやらぶつかってしまったらしい。
 女の子はおれの顔を見て、驚きのあまりに固まってしまった。

「大丈夫?」
「え、あ、」

 明らかに怯えている。この髪と目なら仕方ないと一人納得した。すぐに母親らしき女性が追いかけて来ておれに頭を下げる。怯えるような態度に、心のなかでため息を吐いた。
 大丈夫ですと答えると、母親は子どもの手を引き颯爽と去っていく。その後ろ姿をぼんやりと視界に入れた。

「なんて顔してるの」
「え」
「次行くよ。早く終わらせたいんだ」

 恭弥が腕を引っ張る感覚とさっきの少女の姿が混ざり合い、ふと懐かしさがこみ上げる。

「どうしたの」
「ちょっと、昔を思い出した」
「そう」
「……話してもいい?」

 恭弥は目を丸くする。今までこんな事を言った事がないから驚いているのかも知れない。
 すぐさま彼はポーカーフェイスを取り戻し、好きにすればと呟いた。

「うちって色々厳しい家でさ。危ないって理由で祭りに行くことは禁止だったんだ」
「祭りってそんなに危険じゃないでしょ」
「確かにね。今思えばそれはただの理由付けで、本当はそんな浮かれた場所におれを置きたくなかったんだと思う。うちの親、すごく過保護だったから」
「へぇ」
「けど夏祭りの日はたまたま両親が夜まで帰って来なかったんだ。その電話を受けた時はラッキーだと思ってね。──妹を、連れて家を抜け出した」

 年が離れた兄さんは、わたしにピンクの甚平を着せて屋台を回ってくれた。

「妹なんていたんだ」
「うん。おれは安い甚平を買ってきて妹に着せた。すごく喜んでたよ。はぐれないように手を引っ張って、屋台を見て回った」

 たくさんの屋台に目を輝かせたのを今でも覚えている。幸せな時間だった。久しぶりに兄さんの笑顔を見れた気がした。彼はいつも家に縛られていたから。

「おれは久々に羽を伸ばせた。親が家業継げって煩かったし期待されてたからなぁ」
「そんなお坊ちゃんがどうして家出なんかしたの」
「ちょっとしたきっかけがあってね」

 そろそろ行こうか。そう言って会話を遮断する。口が滑ったのは夏祭りの雰囲気に負けた結果だけど、そこにいたのが恭弥で良かった。他の人では必要じゃない事にも足を突っ込まれそうだし。
 ごめんね恭弥。悪いけど記憶の受容器になってもらうよ。君は純粋に『おれ』を覚えていてくれるだろうから。



20080215

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