マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ 愛情の毒

 夕焼けの橙色が広がる時間帯。おれはキャリーケースを片手で引き、アスファルトの上を歩いていた。行き場が決まっていないので近所を野良猫のように徘徊する。
 そういえばツナ達は海から帰ってきただろうか。ハルちゃんや京子ちゃんも一緒に行くようで朝からハイテンションだった事を思い出す。大丈夫か心配だ。ほら、あの子って初めは溺れるように泳いでたから。

「ま、獄寺や武もついてるから平気か」

 独り言を呟く。本当はリボーンにおれも行くように言われたけれど丁重に断った。水着が着れない理由もあるが、さすがに海でジーパンは明らかに場違いだ。右膝の傷跡をできるだけ人目に晒したくないので、半ズボンには極力なりたくない。
 しばらくのんびり歩いていると、前から一組の男女が現れた。女の子がおれに気付き、笑顔で手を振る。

「千星くん!」

 ビニールバックを片手に満開の笑みを見せてくれたのは、ツナの想い人だった。ふと隣に目を向けると彼女の兄がいる。
 次の宿泊先が決まった瞬間だった。



「ツナが子どもを助けた?」
「そうだ! 極限にカッコ良かったぞ!」
「へぇ……すごいな」

 夜が深まり了平の部屋のベットの上に座って海の話を聞くと、昼間は随分すごい事になっていたようだった。
 あまり柄のよろしくないライフセイバーのお兄さん達にハルちゃんと京子ちゃんが絡まれ、それを阻止した獄寺と武と巻き込まれたツナがライフセイバー相手に三対三の水泳対決。ツナはそれのアンカーになってなんとか必死に泳いでいたら、流されている子どもを発見して……。海ってそんなにイベント盛り沢山な場所だったのか。知らなかった。

「まさかツナが泳げたのってあの滅茶苦茶な特訓のせいなのか……?」
「熱血指導のおかげだな!」
「いやいや了平のはちょっと違う気がする。でも人助けなんて……ツナは立派になったなぁ」
「細かいことはどうでもいい! オレ達は勝ったのだ!」
「まぁそうだな。でも京子ちゃん達が絡まれたのは笑い事じゃすまされないけど」

 あの子達は可愛い容姿をしているのに水着なんか着たら余計に目立つだろう。

「お兄ちゃんは大変だったんじゃないか? 京子ちゃん昔から可愛かったろ」
「む。大変だったとはどういうことだ」
「悪い虫が寄ってきやすいんじゃないかってこと」

 軽い気持ちで言ってみれば了平の眉間に一気にシワが寄っていく。何事かと思ったが、彼の口から告げられる真実に驚かされた。

「実は京子とオレが小学生の頃、事件があった」
「事件……?」
「オレを敵対視する中学生達が京子を使ってオレを呼び出したんだ。その時袋叩きにあって、額のここを割ってしまった」

 そう言って額の左側にある傷跡を指差す了平。言葉はまだ続いた。

「それを京子は自分のせいだと思い込んでしまってな。全く、あいつは何も悪いことをしてないのに」

 力なく笑う姿は、妹を思う兄のものだ。──でも、

「それは違うよ……」

 了平はそう言うけれど、おれは京子ちゃんのせいだと思う。なんの非がなくとも兄を巻き込んだのは紛れもない事実だから。
 ただ、彼女は運が良かった。その最悪の例がおれだ。最悪すぎる。

「千星」
「……ん?」
「何考え込んでいるんだ」

 首を傾げる了平にごめんと謝罪をする。最近マイナス思考に陥りやすくてほんとに困る。要因はわかっているけど。
 そんな不自然な空気を換気するかのように、部屋のドアが開いた。ドアノブを握るのは京子ちゃんだ。

「お兄ちゃーん! つめ切り見なかった?」
「知らんぞ。ないのか?」
「うん……。あ、お兄ちゃんだけ千星くんと話してズルい!」
「これは男の話だ!」

 目の前で騒がしく言葉を交わす二人を見つめ、思わず笑顔がこぼれる。でもその直後、右膝に痛みが走った気がした。
 もしかしたら二人の純粋な兄妹愛が、傷跡にしみたのかもしれない。



20090213

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