マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ 君へのベクトル

 ベランダの柵に両手を付き合い夜空を見上げる。満点の星空とまではいかないけれど、輝くものが黒いキャンパスに散らばっていた。
 七月七日の今日は、この空を舞台とした一夜限りの物語が行われる日だ。

「──ツナ?」
「あ……ごめん。勝手に入っちゃって」
「別にいいよ。こっちおいで」

 部屋の中からベランダを覗き見る彼を呼ぶ。視界の横に現れたツナは、おれと同じものに視線を送った。

「ずっと見てたの?」
「うん。折角の七夕だし」
「そっか」
「やっぱり改めて見るといいもんだよね」
「そうかな」
「ツナももう少し大人になればわかるよ」

 意地悪に笑ってみせると、ツナは子ども扱いしないでよと言って視線を逸らす。でも本気で気分を害したわけじゃないことくらい一目瞭然だ。季節が一巡りしてしまう程の時間を、彼と過ごしていたのだから。
 九月頃にこの土地を踏みしめたから、もうすぐ一年。全然長く感じられない。むしろ足りないくらいだ。
 しかしどんなにおれが感じなくても、時は刻々と流れていく。一年。猶予期間。

「千星くん」
「え?」
「また考え事してたでしょ」
「……ん、ちょっとね」
「最近変だよ。ボーっとしたり、いきなり難しい顔になったり」
「うん。確かに考え事は多くなったかも」
「……無理、しないでね」

 心配そうに表情を覗き込まれたので、おれはゆっくりと微笑んだ。大丈夫だよの意味を込めて。

「千星くんはずるいよ」
「なんで?」
「そんな風に笑われたら心配さえ出来なくなる」
「……ねぇツナ」
「なに?」
「ツナにとって京子ちゃんはどんな存在?」
「はぁ!?」

 おれが投げかけた突然の質問にツナは顔を真っ赤にする。まるで茹でダコだ。いい茹で加減だ。耳まで茹だっている。

「なんでいきなりそんな事聞くのっ!」
「だって結婚できますようにって短冊に書いたんだろ。リボーンから聞いた」
「あいつ……」
「で?」
「いや、その、あー…」
「一緒にいて楽しい?」
「うーん……。どっちかって言ったら癒されると言うか……。そりゃあ楽しいけどさ。しかも笑顔が太陽みたいで──」

 にやりと笑えばツナはぶんぶんと手を振り否定する。顔の赤みはそのままだから、説得力がまるでない。

「ツナってほんとわかりやすいな。見てて面白い」
「人をからかって遊ばないでよっ!」
「ごめんごめん。じゃあ獄寺と武は?」
「友達だよ。リボーンが言ってるみたいに部下だなんて考えられない」
「そう言うと思った。了平は?」
「極限すぎる先輩」
「ははっ、納得。じゃあ恭弥は?」
「……誰?」
「恭弥だよ。雲雀恭弥。風紀委員の」

 そこまで言うと凄く驚いたらしいツナは、近所迷惑なんて言葉を無視して腹の底から声を出した。

「ええっ!? ちょ、千星くんあのヒバリさんのこと名前で呼んでんの!?」
「しっ、リボーンが起きる」
「あ、あぁ……。でもそんなこと本人に知れたら咬み殺されるよ」
「大丈夫だよ。本人の了承もらってるから」
「……千星くんって実は怖いもの知らず?」
「そんなことないぞ? おれにだって怖いものくらいある」
「あんまりそうは思えないけど。……そうだなぁ、ヒバリさんは怖い人だよ。近寄り難いっていうか、近寄ったらボコられる」

 そして何かを思い出したかのように頭を抱えるツナ。どうやら恭弥は彼にとって苦手な部類らしい。

「どんまいツナ」
「慰める気あんまないでしょ」
「あはは、そうかも。ヒバリが怖いならリボーンは?」
「……一番難しいな。口うるさくてやることなすこと滅茶苦茶で、何考えてんのかわかんなくて。でも」
「でも?」
「悪いヤツじゃ、ないと思う」

 何かを考えながら頬をぽりぽりと掻くツナ。確かにそんな感じだ。何を考えてるのかわからないけれど、悪い人間とは思えない。それがあの小さな殺し屋だ。

「そうだね」
「うん」
「じゃあ、」

 ──おれは?
 そう言いかけて口を閉じた。不思議そうに見つめる彼に、誤魔化すように笑って京子ちゃんと幸せになれるといいなと告げる。
 喜んでくれると思った。でもツナは悲しそうな顔を浮かべた。それはほんの一瞬だったけれど、確かにおれは見たのだ。
 儚い恋愛物語を抱えた夜空は、頭上で静かに輝き続ける。



20090209

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