マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ swim!

 キラキラと夕日の光を反射する水面。その澄んだ青色の中を、ツナは激しい水しぶきを上げながら泳いでいた。いや、泳ぐというよりは、もはや溺れている。

「ひーっ、がはっ!」
「なんとか五メートルってとこだな。まずは呼吸の練習から始めるか」

 そう言って腰に手を当てる武もツナ同様に水着を着て、水面に体を沈めていた。
 現在おれ達は市民プールに来ている。リボーンが帰宅早々にツナの水泳の特訓をすると言い出して今に至る。おれにも声がかかり、特にする事もなかったので一緒に付いてきたのだ。
 プールで待っていたのは武で、どうやらツナはリボーンではなく彼と練習をするらしい。学校帰りなのに元気な二人だ。

「千星は泳がねーの?」
「うん。水着無いから」

 というか水着着れないから。そんなことしたら大問題だ。
 泳ぐ気なんて初めからないおれはグレーのパーカーに紫色のTシャツ、濃いめのジーパンというラフな格好でパラソルの下に居座り、二人の姿を傍観する。

「いいかツナ! んーぱっ、んーぱっ、ぐっぐってやるんだ」
「え?」
「そしたらすいーっといくから!」

 しかし、おもしろすぎる。武の説明力もそうだけど、ツナの意味わかんないよと言いたげな表情が最高にいい。
 くすくす笑っていると、どこからか聞き慣れた声が悲鳴を上げた。

「助けて下さい! 泳いで助けて下さいっ!」
「……ハル? なんでハルがここに」
「それどころじゃないですよーっ!」
「お前足付くだろ」

 ツナの一言にピタリと動きを止め、何事もなかったかのように立ち上がるハルちゃん。目が真剣だ。

「ツナさん泳げなくなっちゃったってリボーンちゃんから聞きました!」
「は?」
「前は川に落ちたハルを泳いで助けてくれたじゃないですか」
「あ、あの時は……」
「とにかく、ハルもツナさんが泳げるように協力します!」

 こうして武の感覚指導に変わり、ハルちゃんの真心指導が始まった。ツナの手を引いてばた足の練習がスタートする。恥ずかしそうに顔を赤らめるツナ。そりゃ恥ずかしいだろう。

「十代目ーっ!」
「えっ?」
「ご病気ですかっ!?」

 またまた乱入者だ。今度は外部からフェンスを乗り越えてプールに飛び込む獄寺少年。飛び込んだ衝動で水柱が立ち、おれにまで水がかかってしまった。顔にへばりつく淡金の髪を指で掬う。
 落ち着きを取り戻した彼はどこからかホワイトボードを持ち出してきて計算式を叩き出し、論理指導を始めた。

「まず泳ぐには重力と浮力の重心が重要になります」
「おい獄寺。せっかくプールに来たんだし体で覚えた方が早ぇんじゃねーの?」
「あのなぁっ! 理屈がわかんなきゃできることもできねーんだよ!」
「ハルはまごころが第一だと思います」
「知った風な口きくんじゃねーアホ女!」

 太陽に照らされながら口論する三人と若干諦め気味が一人。ほんと仲良いよな。
 おれがのんびり感じていると話し合いの決着はついたようで、一人持ち時間30分のうち誰がツナを何メートルまで泳がせるか競うらしい。
 しかし、結果は全員五メートル。つまり進展一切なしで終わった。

「もういいよ、みんな。これがオレの実力だよ。急に泳げるようになるわけないから」
「ツナ……」
「どうやらオレの出番のようだな!」

 一同に暗い空気が漂う中、聞き慣れた声が降り注いだ。視線をそちらに向けると海パン姿の了平が仁王立ちしているではないか。

「スポーツが最後に辿り着くのはいつだって熱血指導だっ!」

 ライオンの雄叫びのように響く声。さすがとしか言いようがない。そんな了平に獄寺が食ってかかる。薄々感づいてはいたが、この二人はかなり相性が悪い。
 プールサイドで織り成す喧嘩に慌てたツナは二人の元に駆け寄ろうとした。でも、様子がおかしい。

「ツナ……?」
「あ、足つった! いたっ!」
「十代目!」
「待て、オレが助ける! どりゃっ!」
「え?」
「な!」
「なんつー無様な!」

 了平の仰天の飛び込みに、一同開いた口が塞がらない。水中のなかで妙な動きをした後に満面の笑みで彼は水面に顔を出す。

「いやー泳いだ泳いだ!」
「ちょ、オレを助けに来たんじゃないんですか?」
「いかん、泳ぐのが楽しくて助けるのを忘れていた!」
「……ぷっ、」

 了平らしいオチに、おれはとうとう吹き出してしまった。

「あはははっ! なにそれ、忘れたとか……っ」
「え、千星くん?」
「はーっ、おかし……。おなか痛い」

 目に溜まった涙を指で掬う。こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。最近は余裕がなかったから尚更だ。
 呆気に取られたようにおれを見つめるみんなに、わけがわからず小首をかしげる。
 夕日のオレンジが、それを見守るかのように全員を照らしていた。



20090208

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