マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ ×××



 そこは白の世界だった。ぼたん雪がしんしんと降り注ぎ、先が見えないほど広大な大地にどんどん積もっていく。
 わたしは長靴を履き、フード付きのコートを着て白銀の世界に取り残されている。何もない場所に。誰もいない場所で。けれど、一人ではなかった。
 腕の中には最愛の人の頭がある。首から下がないそれをわたしはぎゅっと抱きしめた。ぽたりぽたりと赤いしずくが、白銀の絨毯に色を与えた。
 わたしは両手に抱える最愛の頭をゆっくりと口元に持って行く。
 そして、それを───



「いい加減起きてよ」

 聞き覚えのある声に、現実に引き戻された。
 年の割には落ち着きのある声の主。彼はおれが目を開けると盛大なため息を吐く。

「……恭弥、おはよ」
「言いたい事はそれだけ?」
「ん?」
「何その間抜けな顔」
「ごめんごめん」

 ゆっくりとソファーから上半身を起こし、背もたれに体を預ける。時計を見る限りでは一時間程眠っていたらしい。
 というか、何でここにいるんだろうか。思い出せない。あれ、本当になんでだろう。

「おれはどうしてここにいるの?」
「痴呆症にでもなった?」
「う、失礼な」
「僕の仕事中に手伝いもせずに眠るとはいい御身分だね。家出人」

 嫌味ったらしく言われてここにいる経緯を思い出した。
 確かツナの家にまた怪しげな人が来て逃げてきたのだ。UFOに乗っているような武器職人がイタリアからやってきて、隣の部屋が騒がしかったからここに避難してきた。
 いつもならほんの少しは関わってもいいと思うんだけどな。そろそろ冗談抜きで危険な場所に身を置きたくないおれは、安全の確保をしたかった。

「思い出したようだね」
「うん」
「ねぇ、なんでそんなにだるそうにしてるの」
「そりゃあ昼間っから起きてればねー」
「意味わからない」
「あれ、恭弥には言ってなかったっけ。おれ夜型だから昼間は睡眠時間なの」
「ふうん。でもたまに昼間活動してるでしょ」
「あれは無理やり起こされるんだよ……」

 ため息をつく。恭弥も真夜中に起こされて外に連れ出されるような体験をすればこの気持ちも分かるだろうに。
 恭弥はおれの隣に腰を下ろし、漆黒の瞳の中におれを収めた。

「その色本物?」
「偽物」
「珍しい色を選んだね。そんなに絡まれたいの?」
「そんなはずないだろ。おれ戦闘狂じゃないもん」
「興味があるな」
「理由? それとも経緯?」
「どっちでも良い」
「まさかお前に興味を持たれるなんて思ってなかったよ。理由はねぇ……目立っていた方が印象に残るから、かな」

 少し喋り過ぎたかもしれない。恭弥にはわけがわからないというオーラが漂っている。この子はリボーンに次いでポーカーフェイスの持ち主だから表情には出ていないけれど。
 疑問を口に出される前に止めてしまえ。そう思ったおれの頭の中に、ふと夢の景色が蘇った。

「ねえ恭弥」
「なに」
「愛ってなんだと思う?」
「は?」
「愛だよ愛。ラブのこと」
「そんな下らない話をするなら咬み殺すよ」
「いいじゃん恭弥だって質問したんだから。フェアじゃないよ」
「……。それは僕の感想? それとも広義?」
「広義の方。恭弥がどう思ってるのかも気になるけど」
「まがい物。思い込み。心の勘違い」
「うわぁ」
「なに」
「恭弥らしすぎると思って」

 まさかここまでの単語が出てくるとは思っていなかったけど。

「君はどうなの」
「え?」
「僕にだけ滑稽な話させておいて自分は言わないなんて事しないよね」
「……そうだなぁ。おれはカニバリズムこそが愛の最終形態だと思う」
「カニバリズム?」
「相手を食べること。比喩でもよくあるだろ、食べちゃいたいくらいってやつ」
「……狂った発想」
「そうかな」
「千星がそこまで危険人物だとは思わなかった」
「こら、人を犯罪者みたいに言わないでよ」
「でもどうしてそう思うの?」
「───だって、」

 その先は、言えない。



20090208

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