マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ 不可侵な幸福と、

 携帯が鳴った。無視する。遠くで鳥のさえずりが聞こえている。携帯は鳴り続ける。無視する。陽光が暖かい。

「いい加減に出なよ」
「正が出て」
「なんでオレなんだよっ! とにかくうるさいから出て!」

 正は枕元で鳴るおれの携帯を鷲掴みして、おれ手のひらに無理やり握らせた。勉強机に向かい直す彼の後ろ姿をぼーっと見つめ、ゆっくりと音源に視線を落とす。
 片手で開けると知らない番号が表示される。人の睡眠を妨げる無粋な輩は一体誰だろうか。

「──はい」
「オイてめぇ! 十代目ん所から勝手にいなくなったろ!?」

 スピーカーの向こう側から聞こえてきた声に、思わず目を見開いた。

「……獄寺? なんでおれの番号知ってんの」
「リボーンさんから聞いたんだよ!」
「あぁ……」

 その言葉に納得する。そして自分が行き先を告げずに出て来てしまったことを思い出した。奈々さんやツナが心配するから行き先だけは伝えるようにしているのだけど、昨日の夕方は忘れてしまったらしかった。



「……で、呼び出しをされたと」
「そういう事」

 話を終え、現在おれは正と共に道路を歩いた。春の陽射しはあたたかく、アスファルトに温度を与える。

「なに当たり前みたいに言ってんの。関係ないオレを巻き込んでさ……」
「巻き込むって人聞きが悪いなあ。一緒に散歩しようかと思っただけだよ」

 少しだけ待っていてもらえればすぐに帰ってこれるし。そう付け足すと、正は渋々足を動かした。
 冷気が取り除かれた春の日差しはどこまでも暖かい。こんなに天気がいいんだ。散歩せずに何をする、とおれは声を大にして言いたい。

「ちなみにどこに向かってるの」
「ボーリング場」
「へぇ……。てか場所知ってるんだ」
「ふらついてる時に見つけたんだよ。行ったことないけど」
「そんなんでよく覚えられたね」
「ずっとこんな生活してるから道を覚えるのは得意なんだ」

 慣れってやつだろうねと呟くと、正はふうんと言って前を見据える。

「千星って随分ハードな人生送ってるんだな……」
「そんなことないぞ? みんな優しいし。家出する前なんて、結構平和だった」
「へぇ……」
「ただ、どんでん返しがあっただけ。正も今の幸せを噛み締めていた方がいいよ」

 この先どう転ぶかなんてわからないから。そう付け足しておく。不可侵な幸福なんて、この世の中にはないから。

「千星」
「ん?」
「眉間にシワが寄ってる」
「、ごめん」
「それよりここじゃないの? ボーリング場」
「ホントだ。じゃあちょっと行ってくる。出来るだけ早く戻ってくるから」
「是非そうして」

 おれは建物の中に足を踏み入れる。目当ての人物を探すのは大変だと思ったが、あっさり一発で見つかった。
 そして自分の目を疑う。なんだろう、あの不思議すぎる子達は。

「え! 千星くん!?」
「けっ」
「遅いじゃねーか。なめないで」

 ツッコミどころ満載だ。何故リボーンは女装してるんだ。しかもあまり可愛いとは言い難い。
 彼らの他にはハイテンションな男の子と、女の子? が二人いた。
 もしかしてこのハイテンション少年は、ツナが始業式の日の夜に愚痴をこぼしていたロンシャンって人かもしれない。なんとかファミリー所属で、つまりはマフィアだ。関わりたくない。

「あいつ等は無視しとけ」
「リボーン?」
「お前が黙っていなくなったからツナもママンも心配してんぞ」
「ごめん。言うの忘れたみたいで。今日は帰るから」
「そうか。ツナもお前がいなきゃ愚痴を言う相手がいなくてつまんなさそーなんだ」
「愚痴って……。そんな理由は嫌だな」

 リボーンはにやりと笑う。いつもの見透かしたような笑い方じゃなくて、少しだけ棘が抜けたような笑顔だった。

「リボーン何言ってんだよ! 千星くん、オレそんな風に思ってないから! ただ、心配だっただけで……」
「わかってるよ。ありがとツナ。でもごめんな。そろそろ行かなきゃ」
「遊んでけばいいじゃねーか」
「人を待たせてるから」
「……誰だ」
「ツナとリボーンは知らない人だよ」

 泊めてもらっている事を言うと、ツナは少し驚いたらしい。その後に複雑そうな表情をする。
 そんな二人と先程からこちらを見ている獄寺に手を振り、おれはその場を離れた。

「……随時早いね」
「まあね」

 おれが姿を現せば、待ち人である彼はきょとんとする。

「そんな遅くなると思った?」
「え、うん……友達だと思ったから」
「確かに友達だよ。でもそれとこれとは別。正を一人にできるわけないだろ?」

 にやりと意地悪に笑うと、正は子ども扱いされたと思ったらしい。ぷいっと一人で歩き始めた。その姿がおかしくて、くすりと笑い、彼の隣へと足を運んだ。



20090201

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