▼ 恋について
恋。それは相手を激しく求める気持ちであり、主に男女間の思慕の情のことを指す。
まさかその単語を、目の前の少年から聞くことになるとは夢にも思わなかった。
「相手は誰?」
「道場破りの、華麗な身のこなしをした色白の娘だ……」
「え、道場破り?」
「む、千星にはまだ話していなかったな」
了平曰わく、道場破りが近隣の中学校で頻繁に起きていて、昨日はとうとう並盛中に現れた。始めは中華な服を着たただの子どもだと思ったらしい。しかし道場破りを名乗る三人組の不良達を、どこから突然姿を現したおさげ少女が倒していったんだとか。
中華な子どもとは、恐らくイーちゃんの事だろう。おさげ少女イコール色白の娘として、彼女も多分十年後のイーちゃんな気がする。つまり、同一人物。というか、そんな所であの子は何をしているんだ。
「……へぇ」
話をどうにか理解したおれは、了平ににやけ顔を送る。
「な、なんだその顔は!」
「いや、了平も隅に置けないなって思ってさ」
「オレを置くなら隅ではなく真ん中にしろ!」
「いやいや、そういう意味じゃないよ。了平も普通の人と同じ感性してたんだなって」
あのボクシング命な子が、まさか恋をするとは。なんだか妙に嬉しい気持ちになった。赤飯を炊きたい。
今日は笹川家に泊まり、彼の恋バナに話が弾む。おれは了平のベッドの上に乗って話を聞いていた。壁には極限の文字が貼られサンドバックも置いてあり、いつ見ても了平って感じの部屋だ。でもこの部屋の持ち主は、今はボクシングではなく恋の話を切り出している。
「千星はないのか?」
「恋?」
「そうだ」
「んー……」
おれが考えていると、了平が目を輝かせて見つめてくる。なんだかそれが可愛く思えてしまった。
「ははっ、」
「む、なぜ笑う」
「ごめんごめん。恋かぁ……ちょっと忘れたな。そういえば、その色白の子には一目惚れだったの?」
「うむ」
「また会えるといいな」
「そうだな」
無鉄砲で暑苦しくてボクシングマニアだけど、以外としっかりしていてお兄ちゃんらしい了平。彼には幸せになってほしいと思う。
翌朝、目覚めた了平はその夜に見た夢について語った。色白の少女が、徐々にイーちゃんに変化していく夢らしい。うなされて目が覚め、自分の抱いていた気持ちは恋じゃなかったと呟く。
初恋は、脳内筋肉男の勘違いによって儚く散った。
20090118
← / →