マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ はぐれた草食動物

 激しくなっていく雪上の合戦。しかしおれは今、冷気が肌を刺激する外ではなく暖房の効いた室内に身を置いていた。

「群れすぎ。煩い」
「機嫌悪いね」
「何か言った?」
「……何でもないよ」

 目の前にいる恭弥は黒い革製のソファに腰を下ろし、手に持つ冊子を睨んでいる。
 ここに来る数分前、おれは木の上で雪合戦を傍観していた。しかしふと視線を感じてその方向に目を向ければ、一つの教室から黒色に凝視されているのがわかった。
 黒色が何のアクションもなしに無言で見つめてくるものだから、気になって足が動いてしまったというわけだ。

「あのさ、一体風紀委員って何者なの?」
「学校の秩序そのもの、かな」
「……どう考えても一般生徒がこなす仕事量とは思えないんだけど」

 おれは呆れたような眼差しを机に向ける。書類の入ったファイルや用紙が山積みになって置かれていた。
 それを黙々とこなす委員長。不機嫌なのはこの仕事のせいでもあるようだ。

「日曜日なのに大変だな」
「慣れた」
「慣れたって……。もっと周りを頼ったら?」
「頼る? はっ、無能な奴には興味ないね」

 嘲るような笑いを見せる風紀委員長。彼の切れ長の目は本気だから笑えない。
 おれは小さなため息を吐いた。

「はぁ……、かして」
「は?」
「簡単なやつならやるよ」

 恭弥の右隣に腰をおろして彼に手をさし出す。すると黒色は、無言で三枚の紙をおれの手のひらに置いた。それに目を通してみる。
 その紙には費用額について書かれていた。こんなに学校から金を搾り取っているのかと、関心してしまうような額だった。

「合計出たら下に記入して」
「うん」

 紙にかかれている数字に一通り目を通す。そしておれは机の上にあるペンを勝手に借りて合計額を記入し、恭弥に渡した。

「はい」
「……僕は計算してって言ったんだけど」
「ちゃんとしたよ」

 訝しげな表情の彼は、離れた場所に記入されている数字を見て目を見開く。

「ワオ、これ本当にあってるの?」
「見直しはしたからあってると思う。それとも計算機でやった方が良かったかな」
「──いや、」
「あ、書く場所間違えた?」
「ここであってる」
「なら良かった」
「慣れてる様子だね」
「何が?」
「計算」
「ああ、まあね」

 おれの通っていた幼稚園が厳しかったからだろうな。英語や鼓笛は当たり前、フラッシュ暗算もやっいたから……と、ふざけてみても、脳内なので誰にも突っ込まれなかった。

「君はどうやら無能じゃないらしいね」
「どうも」
「益々理解できない」
「ん?」
「あの草食動物達と群れてることが。君とは同じ匂いがするのに」

 書類の文字を追いながら話を進める恭弥。草食動物とは何のことだろうかと一瞬考えてしまったが、会話の流れとおれの周囲を照らし合わせてツナ達のことだと理解する。

「ねぇ、恭弥」

 おれも手にとった書類に目を落としながら話し出した。

「おれはツナ達と同じ草食動物だよ。間違いなくね」
「………」
「おれの放浪癖はね、天性的なものじゃなくて後天的なものなんだ」
「どういう事?」
「草食動物がいくら群れから離れても、一匹狼にはなれないって事だよ」
「ふうん。よくわからないけど千星ははぐれた草食動物ってこと?」
「まあそんな感じ」
「でも後天的ってことは何か引き金があったんでしょ」
「うん。でもそれは秘密」

 自身の唇に人差し指を当ててみせる。ふと恭弥と目が合った。いつの間にか関心が書類からおれへと移っていたらしい。
 瞳の奥に宿った力強さはまさしく誰にも媚びずに生きる、一匹狼のそれだった。

「また手伝いに来て」
「気が向いたらね」

 この距離が心地良い。



20090116

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