マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ baby bird

 窓ガラスは夕暮れを映し出す。
 とても静かなひとときだ。隣の部屋から物音一つ立たないということは、部屋の主は留守なのだろう。それどころかいつも賑やかな居候達の声すらしない。
 やることのないオレは携帯を開き、電話帳を眺める。大量に表示される名前は、おれとわたしの生きてきた証だった。
 何気なく眺めていたが、ふとある人物を発見してデータを引き出す。表示された名前は喫茶店のオーナーのそれだ。
 おれは躊躇いなく通話ボタンを押し、回線を繋いだ。

「───あ、もしもし」

 呼び出し音はすぐに聞こえなくなり、代わりに懐かしい声が耳に入る。

「千星か?」
「うん。久しぶり」
「もっと早く電話くるのかと思ってたんだけど」
「ごめん。こっちも色々あったんだよ」

 電話越しから聞こえてくる音声に頬が緩む。数ヶ月しか離れていないのに、何年も会っていなかったように感じた。

「元気だった?」
「そこそこ。おまえは?」
「おれもそこそこ」
「どこの真似っ子だよ」
「はは、紗彩は?」
「あいつも元気だぞ」
「そっか」

 他愛のないやり取りが愛しい。向こうは何も変わっていないようで、ちょっと安心した。

「そういやおまえのシショーサマが昨日店に来たぞ」
「え? どうして?」
「情報隠蔽」
「あの人今度は何やったんだ……」
「まぁ今に始まった事じゃねーだろ。今んとこ隠蔽業でのお得意様ナンバーワンだ」
「確実にそうだろうね」
「隠蔽の数ではな。内容の濃さは誰がダントツトップだか教えてやろーか?」

 剣のにやにや顔がすんなりと思い浮かぶ。そして彼の言うダントツトップの人物も。余計なお世話だ、このやろう。

「師匠なにか言ってた?」
「なにかって?」
「その……、おれの事とか」
「んー。かなり心配してた」
「そっか……」
「お前の放浪癖で誰かに迷惑かけてねーかとか、絡んできた相手を怪我させてねーかとか」
「それっておれの心配じゃなくない?」

 思わずつっこみを入れる。あのひねくれ者の師匠のことだ。絶対に実話だろう。福沢諭吉を三枚かけてもいい。

「剣はいくらかける?」
「は? お前相変わらず突拍子もねぇこと言ってんだな。流石って感じだよ」
「全くだよ」
「お前ら二人」
「え?」
「シショーサマだよ、お前の。そう言いつつも顔にはお前が心配って書いてあるんだもんな。手に負えないぜ」

 剣の言葉を黙って聞く。本当に彼らしいと思った。ひねくれていて、分かりやすいおれの師匠。今頃何してるんだろう? 会いたいなぁ……。

「剣」
「ん?」
「おれって馬鹿だ」
「なんでだよ」
「今でも師匠が手を差し伸べてくれる気がする」
「……、そうか」
「ほんとに馬鹿だよ。悲しいくらいにね」

 それはエサを欲しがって鳴き続ける小鳥のように滑稽な姿だ。おれの欲しがるエサは、師匠の手から伝わる体温か。
 これ以上話が長くなると色々思い出してしまう気がしたから電話を終わらせる。剣もそれをわかってくれたようで、いつもの俺様っぷりを発揮せずにこちらの要望を聞き入れてくれた。
 さて、おれは今の日常に戻る。奈々さんの夕飯作りの手伝いをしている時に、いなくなっていた全員がボロボロの姿で帰ってきた。話を聞けば山で遭難していたらしい。みんな相変わらず元気だなぁ。



20090108

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