マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ 白い箱の中で


 ツナが入院した。理由はディーノさんのペットとの特訓中にうっかり、らしい。ちなみにリボーンに聞いた話なので信憑性は定かではない。
 ツナ家の居候軍団と獄寺少年と武は、おれが眠っている間に見舞いに行ったようだ。だから一人で支度をして、家を出た。



「………え、」
「ワォ、まさか君が見舞いに来るなんて思ってなかったよ」

 看護婦さんに教えてもらった病室に足を運ぶと、漆黒のパジャマを身にまとった風紀委員がいた。予想のしていない出来事に驚きを通り越して唖然としてしまう。

「ツナは?」
「煩かったから静かになってもらった。今頃別の病室じゃない?」
「静かになってもらったって……じゃあどこにいるの」
「僕が草食動物の部屋なんて覚えてるわけないでしょ」

 さも当然のように答える風紀委員さんに、思わずため息が零れる。
 彼は特に病気してるようにも見えず、怪我をしている様子もない。

「君は風邪?」
「君って名前じゃないんだけど」
「でも名乗ってもらってないからわからないよ」

 困ったように笑うと、黒髪の少年は雲雀恭弥と名乗った。

「おれは千星」
「……苗字は?」
「ないよ」
「ふうん」
「おれは何て呼べばいい?」
「好きにすれば?」
「じゃあ恭弥って呼ぶよ」
「……いい度胸だね」
「そうかな」
「僕を名前で呼ぶ奴なんてそういないよ」
「そうなの? なんか特別みたいでいいな」

 おれがそう言うと恭弥は一瞬だけ目を見開いた。しかし、すぐさまいつもの無表情に戻る。

「君って変わってるね」
「そう? あとおれは君って名前じゃないんだけどな」
「僕に指図するの?」
「ささやかなお願いだよ」

 おれは見舞い客用に設置されているパイプ椅子を持ち出し、恭弥の寝ているベッドの横に腰を下ろす。持参した小さなバスケットからリンゴ一つとナイフ一本を取り出し、黙々と赤い皮を剥いていった。
 その様子を見たパジャマ姿の病人は、呆れたような顔をする。

「……何してるの」
「食べるかなって思って。リンゴは消化に良いんだぞ」
「僕食べるなんて一言も言ってないんだけど」
「食べない時はおれが食べる」

 キッパリと言い放ち、再び皮むきに専念する。本当はツナにあげようと思ってたんだけど、ここで会ったのも何かの縁だろう。そして、理由はわからないが一応彼も入院患者だ。

「どうせ一人でいるのもヒマだろ?」
「………」
「恭弥?」
「戦う気が失せた」
「戦うって?」
「この前の続きだよ。忘れたの?」
「……ああ。でも戦う気満々だったとしても今日はやらないよ」
「?」
「病人相手にできるわけないだろ」

 そこまで答えると興味が失せたようで、彼はふうんと言って視線を逸らした。

「恭弥って面白いね」
「何が?」
「あっさりしてるというか、わかりやすいというか」
「馬鹿にしてるの?」
「違うよ。独特の雰囲気っていうのかな、そういうのが落ち着く」

 毒っ気が混じっているので苦手な人は多そうだけど、そのピリピリした雰囲気さえもおれにとっては心地良く感じるものだ。

「千星って本当に変わってる」
「え?」
「これもう食べていいよね」

 驚くおれから皮のむかれたリンゴを奪い取り丸ごとかじりつく。
 病室は、爽やかな柑橘系果物の香りでいっぱいになった。



20090105

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