▼ 皿洗い講座
目を覚ますと窓の外では鮮やかなオレンジと群青色が混じり合っていた。日没が徐々に早くなっているとはいえ、いつもより少し遅めの起床だ。
まだツナは帰ってきていないようで、一階にもリボーンやビアンキ、ランボさんの姿もない。ランボさんとは沢田家の居候で、よく手榴弾を持ち歩いている子牛みたいな五才児だ。よくリボーンにいびられて泣いている。
「奈々さん、みんなどこに行ったか分かります?」
「あら千星くんおはよう。私も今帰って来たばかりだけど、置き手紙にはお寿司食べに行くから夕飯はいらないって書いてあったわ」
「寿司?」
「お金渡してないんだけど大丈夫かしら……心配ね」
奈々さんは頬に手を当てて悩ましげなため息をつく。確かにツナは全員分の食事代を払えるほどのお金は持ってなさそうだとおれも思った。
「見てきますか?」
「え?」
「と言っても一軒しか知らないんですけど、もしそこだったら様子見てきます」
足の痺れはまだ残るが、無理さえしなければ日常生活に支障はない。ちなみに無理なことの例として、二階から飛び降りることが挙げられる。
「見つかったら電話しますね」
おれはそう言い残し、唯一知っている寿司屋に向かった。
「千星じゃない」
「ビアンキ……ってことはみんないるんだな」
「いるわ。じゃ!」
店の前でばったり会ったビアンキは、軽く挨拶を交わすと颯爽と去っていった。彼女は何をやっているのだろうか。あまり良い予感はしない。
しかし彼女がいるということは、百パーセント間違いなくここにツナ達もいる。そう推測し、おれは暖簾をくぐった。
「こんばんは」
「お、千星君じゃねーか。らっしゃい!」
「あれ?」
しかしテーブル席にもカウンター席にも、見覚えのあるツンツン頭ともみあげの姿はない。
「すみません。赤ちゃん連れの少年とか来ませんでした? さっき出ていった人と一緒にいた筈なんですけど」
「えっ、知り合いなのか?」
「一応は……」
そう告げると武のお父さんは気まずそうな顔をする。どうやらリボーンあたりがまた何かやらかしたらしい。
おれは事情を聞き出し厨房まで案内してもらう。もちろん借金返済に貢献すべくだ。おれは結構世話焼きで、我ながら感心する。厨房に足を踏み入れたが早々に何かが飛んできた。
「うわ」
キャッチしたそれを見ると、なんと皿だった。割れたらどうするつもりだったんだろう。
「千星?」
「えっ、なんでここに?」
「ちょっと様子を見にね」
「てめぇ!」
「獄寺少年、今の皿割れてたらツナの借金増えてたよ」
「くっ…」
ちょっと口を出しただけなのに睨みつけられてしまった。やっぱり難しい子だな、彼。
「力ずくでやらなくても綺麗に素早く洗えるもんだよ」
「お、大きなお世話だ! そこまで言うならやって見せろよ」
「んー、わかった」
おれはツナの持ち場を譲ってもらい、スポンジを受け取る。そして洗剤の海に浮いている皿たちを一つ取り、出来るだけ早く汚れを落としていく。
自分でいうのもなんだが、あっと言う間に洗った皿が横に重ねられていった。
「はい、おしまい」
「すごい……もうこんなに」
「しかもピカピカだな」
「けっ」
「じゃあやってみて」
おれが隣にいくと獄寺の眉間にシワが寄る。しかしすぐシンク向き合い皿を一つ手に取った。
「まずは皿を回すように外側を磨いて」
「うるせーな! 少しは黙ってろ」
「ほら、下見て。で、次は窪みの部分をなぞるように」
「………」
「そうそう。上手いよ」
文句を言いながらも真剣な顔つきで洗う不良少年が微笑ましい。気のせいだろうか、褒めると一瞬だけ彼の眉間のシワが取れたような気がした。
その後奈々さんにツナ達発見の報告をするべく外で電話をかける。店に戻ると何がどう転んだのか、獄寺少年はランボさんやリボーンと一緒に刺身をつまんで食べていた。
ああ、また借金増えた。
20081229
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