マリンスノーに祝福を | ナノ


▼ 12/24 17:06 応接室

※クリスマス記念夢


 とても静かな空間だった。凜とした冷たい空気に頬を刺激されながら、誰もいない校舎をひたすらに歩く。
 いや、誰もいない筈がない。何故ならおれは、とある人物に会いに来たのだから。人気のない校舎の中にひっそりと存在する黒髪を思い浮かべる。

「クリスマスイブなのにねぇ」

 独り言は白い吐息と共に吐き出された。



「……何しに来たの」

 扉を開けると暖かな空気が外に流れる。そして同時に聞きなれた声も耳に届いた。
 切れ長の目が訝しげにおれを見ている。うん、予想通りの反応だ。素晴らしい。

「一人で仕事を頑張る君に、とっておきの差し入れだよ」
「は」
「じゃーん」

 そう言っておれは片手に持っているものを差し出す。小さめの白い箱を見た恭弥は目を丸くした。

「……なにこれ」
「ヒント、ケーキ」
「それは答えだよ」

 間髪入れずにつっこまれた。

「なんでそんなの持ってきたの」
「だって今日はイブだよ? 甘いものが食べたくなるに決まってるじゃない」
「後半のが理由でしょ」
「ふふっ、あたり」

 おれが満足げに呟けば、恭弥は盛大なため息を吐いた。

「ちゃんと仕事も手伝うよ。だから今はこれ食べよ?」
「本当に手伝わなきゃ追い出すよ」
「了解」

 そう言いながら応接室のローテーブルに箱を置き、開ける。恭弥は横目で見ていたが、すぐに逸らして窓の外に目を向けた。

「普通のとチョコがあるけどどっちがいい?」
「……あいつらは?」
「ん?」
「草食動物達」
「あぁ……今夜はパーティーらしくて用意してるよ。リボーンがかなりの人数呼んだから、どんちゃん騒ぎになるだろうね」
「千星は参加しないの?」
「たぶん強制参加かな。でも夜まで少し時間あるから」

 準備抜け出してきちゃった。そう言葉を続ければ、恭弥は「ふうん」と素っ気なく呟いた。

「で、ショートケーキとチョコケーキ、どっちがいいの?」

 恭弥は無言で近付いてくると、箱の中で鎮座するケーキに視線を落とす。
 そして黒い方のそれをひょいと持ち上げ、おれの向かい側のソファに腰を降ろした。

「え、手掴み?」
「悪い?」
「悪くない……かな」
「千星も食べれば」
「え、手掴みで?」
「うん」

 さも当たり前に言い放ったこの部屋の暴君は、大きな口を開けてケーキをぱくりと食べた。
 その姿にはぁ、とため息をつき、おれも彼を真似てケーキを掴む。……ショートケーキって手掴みで食べるものなのだろうか。

「まあいっか」
「なにが」
「なんでもない……いただきます」
「ん」

 短く返事をした恭弥が、なんだか可愛く見えた。
 その後はお互い黙々と自分ケーキを頬張っていく。先に恭弥が食べ終わった。続いておれも食べ終わり、指についたクリームをペロリと舐める。

「……」
「なにか言いたそうな目だね」
「別に」
「そ?」
「……ねぇ千星」
「なに」
「味見していい?」

 言葉の意味がわからずに目を丸くする。恭弥は身を乗り出し、ローテーブルの向かい側に座るおれに顔を近付けた。
 殺気は感じられない。だから彼のやりたいようにさせる。
 恭弥の片手がおれの頬を撫でる。そして更に顔を近付け、口の端に舌を這わせた。

「っ、ん」

 ゆっくりと舐めると、彼は元の位置に戻る。

「ごちそうさま」

 そこでようやく、自分の口元にクリームが付いていたことを理解した。それを恭弥が舐めたことも。

「びっくりした」
「全然そんな風には見えないけど。僕はてっきり避けられるのかと思ったよ」
「んー……それも出来たんだけどね」
「じゃあ何で」
「いや、恭弥が何をするのかなって思ったから」
「……」

 けろりと本心を言ってみれば、彼は黙り込んだ。

「誰に対してもそうなの」
「え」
「君がだよ」
「そうかな……。そうかも」

 そう呟けば恭弥は怪訝そうな顔をする。

「この淫乱」
「え、なんで」
「変な声出してた」
「だってくすぐったくて」
「だってじゃないよ」
「じゃあ、気持ち良くて?」
「……淫乱」

 からかってみれば恭弥はふいと視線を逸らす。
 彼の反応が何だかおかしくて、おれはクスリと笑った。



2011.12.24

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