▼ イチゴのきもち
※ツナ視点
オレは今、千星くんの部屋で母さんが運んできたケーキを食べている。
有名な洋菓子店のショートケーキらしい。でもそういうのに詳しくないから、店の名前は右耳から左耳へと瞬時に抜けていった。
「ん、うまい」
「甘さ控えめで美味いね」
「でもおれ的にはもっと甘い方が好きだな」
そう言いながらも幸せそうにケーキを口に運ぶ彼の姿を見て、オレの表情は自然とほころぶ。
こういう笑顔とか、仕草とか。見るたびに千星くんって実は女の子なんじゃないかと思ってしまう。けど口に出すのは失礼な気がして、いつも言わずに言葉を飲み込むんだ。
こんな顔をされると、なんだか気を許してもらえているような気がしてならない。隠し事が多い千星くんだから、尚更。
「リボーンもいればなぁ」
「え?」
「二人もいいけどさ、あいつがいればもっと騒がしいだろ?」
そういうの嫌いじゃないから。そう言ってケーキにフォークを刺す彼。何故かその言葉が、胸にもやもやしたものを溜めていく。
「……」
別に嫉妬とか、そんなものじゃない。でも、今あいつの名前を出さなくてもいいじゃないか。折角のんびりした時間なのに。
そんなどうしようもないことを心の奥底でウダウダと考えていたら、どうやら顔に出てしまったようだ。
「ツナ?」
「あ、いや……」
目を泳がせるオレを、千星くんは何か言いたげに見つめている。しかし彼は何も言わなかった。静かに手を動かし、取っておいた自分のイチゴにフォークを刺す。
ゆっくりと自分の口へ運ぶのかと思った。でも違った。
「はい」
オレのケーキへ自分のイチゴを乗せたのだ。赤い実がふたつ、白くてふわふわした絨毯にちょこんと座る。
「へ?」
「あげる」
「な、なんで」
「いーから」
笑みを浮かべた彼は、満足したようにまたケーキを食べ始める。
千星くんがオレの変化に気付き、彼なりに元気を与えようとしてくれたのが手に取るようにわかってしまった。
だってショートケーキの上に乗ってる大きなイチゴは、いつも一番最後の楽しみとして取っておく彼だから。
「あのっ千星くん」
「ん?」
「あ、ありがと…」
照れのせいでいつもの半分くらいの音量しか出なかったけど、言葉はちゃんと届いたらしい。
千星くんは朗らかに笑って「どういたしまして」と言った。
ほんと、この人には勝てる気がしない。
20090809
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