▼ 雨上がりの空気と君
※山本視点。
「散歩に行かない?」
朝起きて早々、泊まりにきている千星が突然そんなことを言った。今日は部活がない日だからオーケーを出すと、じゃあ決まりと言って嬉しそうに笑った。
簡単に準備を済ませて二人で玄関に向かう。親父に声を掛ければ、気をつけて行って来いと大声で送り出された。
「虹出てないかな」
「虹?」
「うん。雨降った後って期待しちゃうんだよね」
空を見上げながら千星は歩き出す。
そう言えば昨日はどしゃ降りの雨だった。夜にオレの家の玄関を叩いたこいつが、右手に折りたたみ傘を持って寒さに震えていたのを思い出す。
春と夏の間の季節は、雨が降るとなぜか気温がガクンと下がるのだ。
「もう平気なのか?」
「ん?」
「昨日かなり寒そうだったからさ。風邪引いたら大変だろ」
「ああ。もう大丈夫」
千星はオレの顔を見て、穏やかな表情を浮かべる。
「雨は好きだし」
「あぁ、なんか千星っぽい」
「おれっぽい?」
「理由はわかんねーけど……そんな感じがするっていうか」
「えーなにそれ。ちょっと気になる」
楽しげな口ぶりの千星。オレも自然と笑顔になる。
こいつを天気に例えるなら晴れや曇りではなく、間違いなく雨だと思う。しかも昨日みたいなどしゃ降りのやつじゃなく、霧雨みたいなしとしと降る雨。
騒がしくなく静かにひっそりと降って、気がつけば消えているような。
「雨上がりってやっぱりいいな。この湿った空気とか、気を抜くと足を突っ込みそうになる水たまりとか、髪の毛が跳ねるところとか」
「ははっ、なんかマイナスばっかだな」
「マイナスを愛せなきゃ、プラスは本当の意味で愛せないよ」
「難しいことはよくわかんねー」
「つまり、受け入れるってこと」
「受け入れる?」
オレが目を丸くすると、千星は落ち着いた声で語り出す。
「うん。湿った空気は雨の名残だし、水たまりから見る空って新鮮だろ?」
「確かに。じゃあ髪の毛が跳ねるのは?」
「あれはー……愛嬌?」
間の抜けた答えに笑いがこみ上げる。するとつられて千星も笑い出した。
千星はよく笑う。その中でもオレは、ごく稀にしか見せない無邪気な笑顔が一番好きだ。
いつものやんわりした笑顔も見ていて落ち着くし好きだけど、オレ的にこっちの方が心の底から笑ってくれている気がして嬉しくなる。
「天気の中だと雨が一番好きなのか?」
「んー、そういう事ではないんだよね。おれは晴れも曇りも好きだよ。ただ雨が降っても、晴れを恋しくなったりはしない」
「なるほどな」
「天気だって晴れになりたい時もあるし、雨を降らせたい気分にだってなるだろ」
こいつは頭がいいクセに、難しい気象現象の云々は無視して気ままな考えを口にした。
「千星のそういうところ、好きだぜ」
そう呟けばこいつは一瞬呆気に取られた表情をしたけど、すぐに元に戻り「ありがと」と笑顔で呟いた。
オレ達の頭上には、雨上がりの青空が広がっている。
20090426
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