企画部屋 | ナノ


▼ 月と甘味料

※夢主は第三章以降の仕様となっておりますので、ネタバレ注意です。



 天上界の夜は美しい。
 まるで漆黒の絨毯に極上の宝石を散らしたような、良質の光を放つ無数の星達。
 そんな星々の海で一際目を引く輝きがあった。

「よォ、そこにいんのは解ってんぜ」

 意思を持つ魔槍は告げる。闇夜に浮かぶ月が、静かに照らす。
 月を司る名も無き神。彼女は血濡れの槍をどこまでも澄んだ双眸に映し出した。

「……」

 魔槍ゲイボルグ。その作品は病的なまでに血に飢えた刀身を持つ。
 極めて鋭利な感覚で透明な扉をこじ開け、魔槍は彼女の存在を悟ったのだろう。
 故意に姿を隠し始めてから一度として無かった出来事に、月の神は内心穏やかでなかった。

「何処の誰だか知らんが出てこいよ。血祭りに上げてやらァ」
「……」
「だんまりとはいい度胸じゃねえかぁ? ヒィヒヒヒ!」

 ゲイボルグは品のない笑い声を上げる。滲み出る狂気がじわりと皮膚を焦がした。

「高みの見物とはいい度胸じゃねぇか。あ? 降りてこいよオツキサマ!」
「……」
「来ねェなら腐った大地が血に浸るのをよぉ、目ん玉ひん剥いてよく見てな!」
「……」
「赤に染めてやる! てめーの視界に入る全てをな! ヒイヒヒヒッ!」

 魔槍の狂った高笑いを聴き、彼女は微かに眉を寄せた。見下ろす眼差しが冷めていく。
 魔槍は月の神の変化に、更に愉快そうに声を上げた。



「──……懐かしい話デス。あの夜は幸せでいっぱいでした」

 抑揚のない声が喫茶店の空気を震わせる。
 声の主はハスタ・エクステルミ。彼はテーブルに置かれた大きなパフェをつつきながら、向かい側に座る人物に声をかける。

「たくさん血を浴び、おたくの存在に初めて気付いた。最高な初夜じゃないか」
「私はあまり良い気分じゃなかったです」

 うっとり顔のハスタに眉を寄せるリズ。
 彼女の目の前にあるハスタが勝手に注文したパフェは、手付かずの状態で残っていた。

「運命の赤の糸って知ってるピョロ?」

 突然話題が切り替わりリズは面食らう。
 運命。今日街中で殺人鬼と遭遇したのも、運命のうちに入るのだろうか。
 そこまで考えたが、吹き飛ばすように頭を軽く振った。

「あの糸さ、血で出来てるんじゃね? 鮮血のバーゲンセールだ」
「……あなたは転生しても変わりませんね」
「いやぁ、褒めないでくれよお嬢さん! オイラは巷でウワサの優等生でござんすから、褒めても贈呈しないぜ。卒業生代表ハスタさんは答辞を自宅で燃やしました!」

 機嫌良く長いスプーンを宙で振り回し、ペラペラと喋るハスタ。
 リズは頭を抱えた。話が通じない分、前世よりも更に厄介になっている気がしてならない。

「どうしたんだい、今にもため息をつきそうな顔で。幸せが逃げてしまうよ?」
「もう今日の幸せはとっくに逃げてます」

 ハスタはその答えに満足げに頷くと、パフェ用の長いスプーンで生クリームを掬い、自分の口に運んだ。
 何度も繰り返される仕草をリズは黙って見続ける。それに気付いたハスタはぴたりと手を止めた。

「……いいデスネ」
「え?」

 ぽつりとこぼれた声にリズの目が丸くなる。

「おたくの眼差しは堪らないりゅん」

 ハスタは目を細めた。そして何を思ったのか、手に持つスプーンをパフェに突き立てる。
 バニラアイスや生クリーム、フルーツやコーンをズブズブと刺し始めた。

「君ってば今も昔も浮気ばかりしてるデショ。だからその目玉に映ってるのがオレだけだと思うとさぁ、ゾクゾクするなぁ」

 容器の中身が混じり合い、ぐちゃぐちゃと嫌な音を立てる。
 す、と引き抜かれた銀のスプーンに乗るのは、溶けて混ざり合った生クリームとバニラアイス。

「今日は束縛記念日だ。恋人ゴッコ、しようぜ?」

 ハスタは緩い口調で言い、スプーンを向かいに座る少女に近付けた。

「はい、あーん」
「全力で遠慮します」

 リズはジト目でハスタを見つめる。

「ダメダメ。お嬢さんが断ったらこの店にいる人間、肉の塊になるポン」
「……卑怯」
「オイラは目的の為なら手段を選ばないのさ」

 誇らしげに言う快楽殺人鬼にリズは盛大なため息をついた。

「一回、だけですよ」

 そして諦めたように呟き、恥を捨て去る覚悟を決める。
 髪を耳に掛け、ぐじゃぐじゃになった白い甘味に口をつけた。



2012.06.06

『連載夢主でハスタ前世絡み』というリクエストを頂きました。
大変お待たせしました!
ラストはどうしてこうなった状態に。あーんはロマン溢れて素晴らしいですね。

/

[ 戻る ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -