企画部屋 | ナノ


▼ 一粒の雨



 曇天の空に心境が重なる。

「まずいなぁ」

 破壊された戦車に預けたわたしの体は、生きることを諦めたように動かない。
 ぽつりと呟いた言葉は砲撃の音や兵士の声にかき消された。敵兵はもちろん、はぐれた仲間達の耳にも届かないだろうね。

「ほんと、さいあく」

 敵兵に斬りつけられた肩が痛む。まるでもう一つ心臓があるみたいだった。ドクドクと音を立てる傷口がやけに熱い。
 創世力の手掛かりを求めてテノスを目指していたのに、立ち塞がるのは災難ばかり。いくら転生者でも素人が戦場を横切るなんて間違っていたのかもしれない。
 重たそうな雲を見つめながらそう考えていると、現実離れを始める聴覚が足音をとらえた。
 壊れた戦車の向こう側からテノス兵が現れる。

「……」

 間を置くことなくライフルの銃口を向けられた。でもわたしは驚かない。その行為は戦場で、息をするくらいに当たり前なことだから。
 生きることを潔く手放し、静かに目を閉じる。

「ぐあぁあっ!」

 しかし発砲音は聞こえず、耳に男の悲鳴だけが残って。
 驚いて目蓋を上げれば兵士がゆっくりと地に伏せるのが見えた。

「シエリ!」
「スパーダ?」

 兵士の背後から姿を現したのは、両手に剣を握る仲間。

「大丈夫か!?」
「まぁ……そこそこ」

 へらりと笑ってみせればスパーダがわたしを凝視する。突然灰色の瞳がぎょっと見開かれた。
 彼は慌ててわたしの元に駆け寄り、力無く戦車に預けていた体を支える。

「なんだよこのケガ!」
「ちょっと、油断しちゃった」
「ちょっとってキズじゃねーだろ……。すまねぇ、オレが回復術使えれば」
「スパーダのせいじゃないよ」

 痛いのは彼じゃないはずなのに、まるで自分が負傷したかのように顔を歪ませている。

「もう大丈夫」
「シエリ……」
「スパーダに会えたから。だからここで死んでも悔いは残らない」

 できるだけ明るく、いつものように笑ってみせた。
 しかしわたしの努力も虚しく、スパーダは声と表情を強張らせる。

「なに、言ってんだよ」
「え?」
「死ぬとか言うじゃねぇ!」

 大声を出したら敵に見つかるよ。なんて、震える声の主に言えなかった。

「あいつらも向かってんだ。絶対助かる。だからそんなこと言うな!」
「……スパーダ」

 彼の名前を呼ぶ。砲撃で大地が揺れた。
 戦場独特の火薬の匂い。頭上に広がる灰色の雲が泣き出せば、いくらか紛れるのだろうか。

「戦争、終わるといいね」
「……ああ」
「もしも」
「あんましゃべんな。体力を消費しちまうだろ」

 わたしの肩を支えて寝かせるスパーダが心配そうに覗きこむ。
 いつもの感情豊かでサバサバした雰囲気が何処にもなくて、そうしているのがわたしだと思うと申し訳なく感じた。

「少しだけ、聞いてほしいな」
「……少しだぞ」
「うん。──もし、生まれてくる時代が違っていたら」
「……」
「転生者だからって虐げられなかったのかな。兵器の燃料とか、戦争に出されることも無かったのかな……?」
「たぶん、な」
「学校に行ったり、ふつうのことをふつうにして。端から見たら平凡のような毎日は」

 ああ、視界が滲む。

「どんなに幸せだったろうね」

 もしもの世界は美しい。
 無いものねだりとわかっている。それでもわたしは、普通が欲しかった。

「ヤダ」

 スパーダがぼそりと言う。表情には影がさしていた。

「確かに時代が違えば、転生者だからって差別されなかったかもしんねぇし、こんなくだらねぇ戦争なんざ無かったかもな」
「スパーダ……?」
「でもそれじゃ、この旅を通じて出会ったオレ達は一生他人だったかもしんねーじゃん」

 わたしを見下ろすスパーダは、愛情にすがり付く子どものような眼差しをしていた。
 灰色の瞳がぐにゃりと揺れる。

「シエリが隣にいないなんて……オレ、耐えられねぇよ」

 消え入りそうな弱々しい声。
 雨が一粒だけ、わたしの頬に降ってきた。



2012.04.18

『連載主以外でスパーダ相手の切甘。激戦中の出来事』というリクエストをいただきました。
スパーダがなぜか片想い気味に。そして切甘というか、ただのシリアス……? 申し訳ありません!
連載主以外を書く機会がほとんどなかったので、書いていてとても新鮮でした。

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