空を染めていた夜はとっくに消えてなくなってしまったけれど、ちいさな星屑はまだ私の掌のうえで咲いたままだった。
ふと思い立った私は、鈍くひかる小さなそれを舌で舐め取ってみる。ちりりと灼けるような痛みが口内を通り過ぎてすぐに消えていってしまった。
わたしは微笑む。夜はとっくに消えてなくなってしまったけれど、ちいさな星屑はわたしの舌の上で健気に転がっていて、わたしはどうしようもなく嬉しくなった。

ああもう痛いったらありゃしない。これじゃ瞬く間にほっぺたが焼けちゃうわ。自棄になっちゃうね。どうだろう?妬いちゃったかも。向こう側で綺麗なワンピースをぎゅっと握ってワタシを睨む私は何に焦がれているんだろう。せっかくわたしが一番似合う色と形を選んだのに、私はいったい何が気に入らないのかしら。口のなかがすごく痛くなってきて、ワタシはたまらずそれを噛み砕いた。きゅっ、ぎゅっ、きゅ。まるで怯える小動物みたいな音がする。きゅ、ぎゅっ、きゅっ。だからワタシはお星さまが嫌いだった。


夜はずっと向こうにいて、私に気付いていないみたいに漂っている。朝は容赦なくやってくるのに、夜は此方に気付いた素振りさえしてくれない。お星さまが見たいよ。こんなちっぽけで錆だらけの屑なんて要らないの。
空を染めた夜はすっかり遠くに行ってしまって、私は指を折って数える。いち、にい、さん、しい。かぞえてもかぞえても夜はやってこない。いち、にい、さん、しい。今日もおほしさまにはなれなかった。

太陽が顔を覗かせたのと同時に、わたしのいちばん大好きな花が枯れた。いつか枯れることはわかっていたから泣くことはなかった。泣けばいいのにと囁かれたけれど、わたしはもう子どもじゃないから泣かないよって首を振った。痛いのも怖いのもぜんぶ嫌い。だけどわたしは泣かないの。だって私が泣いたら夜の向こうであの子が怖がっちゃうでしょう?
そのまま首を傾げたワタシは、不思議そうに夜を見遣った。夜はまだ遠くに在って、こっちを見ないふりしてる。くっきり縁取られたワタシの目は、ふかい夜を知っていた。






あいつはよく笑っていた。転んでも、痛くても、傷が治らなくても、いつもよく笑っていた。幼かったあの頃はそれが鬱陶しく思えてよくあいつを馬鹿にしたけれど、大人になった今ならよく分かる。あいつは、あの子は、彼女は、本当につよい子だったんだって。
目ん玉、どこ行ったんだよ。雨に濡れて、服の色がだんだん濃くなっていく。なあ、目ん玉、どこに落っことしてきたの。僕は小さく呟く。どうしてお前はこんな時も笑っていられるの。痛くないよって嘘ついたまま遠くへ行くのは許さない。本当は痛いってこと、どうして教えてくれないの。
僕はどうしようもなくなって息が苦しくて、後ろを振り向く。あいつが、あの子が、彼女が、そこに居ればいいなって。あの穏やかで真っ白で地獄から一番遠い場所から僕に手を振ってくれてたら良かったなって。そう願ってももう遅い。おまえなんてすぐ死ぬ、そう言った僕にお前はこう返したよね。
「そうだなあ。もし死の淵に立つことになったら、私は潔く星になるよ」

僕はもう後悔することさえ億劫で、お前みたいに笑っていられるほど強くはなくて。
あのなかのどこかにあの子がいるかもなんて、まるで子どもみたいにひっきりなしに夜空を見上げては星を辿っている。後悔を着飾って夜を歩く僕。情けない僕はまだ星にはなれない。嗚呼、星の多い夜は嫌いだ。鈍くひかるたくさんの輝きのなかじゃお前を探せない。
掌からころりと転がったまあるいそれが、僕をなだめるように鈍くひかった。あの子が夜に連れ去られたあとみつけた大切なそれ。柔らかくてまだ温かくて、僕はその先を知りたくなくて、今日もまた星を辿っている。いつからか僕の世界に朝は来ない。いつだって夜は此処に在る。すこし泣きたい気分だ。








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