掴みなおす手2
あの時は双児宮に突然アイオロスが立ち寄って、たわいもない会話からアイオリアの話題になったのだと思う。獅子の守護を持つアイオリアはアイオロスの弟で、近頃めきめきと力をつけ、先が楽しみな年若い黄金聖闘士だ。
彼がとても嬉しそうに弟の話をするものだから、つい私は口が滑った。
「そのような家族がいて誇らしいだろうな。私には弟がいないので判らないが」
わざわざそんな事を言ってしまったのは、兄弟間で争わずにすむ彼らへの羨ましさと、一人を秘さねばならぬ双子座の決め事に対する反発を、無意識に自分で押さえ込もうとしたからだと思う。
しかしそう言った途端、首筋がぞわりとするのを感じた。
双児宮の主である私にしか感じ取れなかったであろう変化。カノンの気配の変化だ。
カノンは不意の来客があると、奥の隠し部屋で息を潜めなければならない。私の小宇宙と己の小宇宙を同一化させ、私を通して相手の様子を伺いながら、ただひたすら来訪者の帰りを待つ。
今も壁の向こうでカノンはひっそりと私を見ている。
(まずい)
血の気が下がる心地がした。私は言ってはならぬことを言った。
こともあろうに、カノンの前でその存在を否定し、他人の家族を羨んだ。
カノンはどんな気持ちで私の言葉を聞いたのだろう。私にどんな気持ちを向けただろう。
その後はすぐアイオロスに帰ってもらい、カノンのいる隠し部屋に飛んでいった。突然慌てだした私に対してアイオロスは不審に思ったろうが、取り繕う余裕なんてなかった。
部屋の中でカノンは私をなじりもせず、いつもと同じように「出かけてくる」と去ろうとした。
けれども私はカノンの服を握って離さなかった。このまま彼が帰ってこないような気がしたのだ。その時の予感は正しかったろうと今でも思う。
私はカノンが呆れるくらい、ただひたすら「すまない」と繰り返した。
そして私は双児宮の周囲へ今まで以上に強固な迷宮を張った。その事があって以降、居住区へは誰も入れたことがない。従者も神官も黄金聖闘士も、当然アイオロスも。
考えてみればカノンとて私と同じジェミニなのだ。守護者であるカノンがこの双児宮で隠れ住まねばならないなんておかしい。双児宮でくらい堂々と自由に過ごして良いはずだ。
いつかもっと広い世界で、カノンと暮らせたら。子供であった私は、その時ただ真摯にそう願った。
(2008/12/8)
[13年前][カノンVer]