アクマイザー

闇夜に一つだけのひかり


この世界と聖闘士たったひとりの命、どちらが大事かと問われたら俺たちに選択肢などない。たとえそれが黄金聖闘士であろうとも。

俺はかつて双子の兄を手に掛けた。兄が謀りごとをもって教皇に拳を向けたからだ。教皇は女神軍のかなめであり、その命は世界に匹敵するほどの重みを持つ。アスプロスはその地位を誰よりも望んでいて、求めすぎていつの間にか歪んでしまった。
兄の野望は防がなければならず、最強と謳われた兄を止めるには、命を奪うしかなかったのだ。
何度考えても、あの時にはそうする以外なかった。たとえあの場で命を永らえたとしても、その後に待ち受けているのは極刑でしかない。誇り高いアスプロスにとってそれは屈辱であろうし、兄が罪人として衆目に晒されることは俺にとっても耐え難い。そんな事になるくらいなら、俺の手で兄の命を終わらせたほうがいい。

その結果、俺の忌むべき通称である「凶星」に「兄殺し」が追加された。

聖戦を真近に控え、黄金聖闘士が反逆したなどという醜聞は伏せられるしかなく、双子座は密かに代替わりをしたことになっている。しかし、真実に完全な蓋をすることは難しく、いつの間にか凶星の弟が兄を殺して成り代わったという勝手な噂が広まった。
聖域から離れた俺にはどうでもいい話だが。

いま俺は、カノン島でひたすら拳と自我を磨きながら生きている。
アスプロスの後を追って死ななかったのは、兄とまた遠からず合間見えるという確信めいた予感があったからだ。それはほとんど絶対と言って良いほどの直感だ。
死者が蘇るには、ハーデスの下僕となるくらいしか手段がない。
兄が冥闘士として、肉体を与えられた悪霊としてこの地上に舞い戻ってくるその日を、俺は願うように待っている。
その時こそ、俺は選択をやりなおすのだ。

世界との秤に乗せるのは、もうアスプロスの命ではない。それは俺が奪い取ってしまった。残るのは魂だけ。兄の魂と世界の二択であれば、許されなくても俺は兄を選ぶ。闘うべき聖戦を放棄せねばならないとしても、俺の誓いは揺るがない。
そうして、奪った命の代わりにこの命を差し出て請うだろう。

アスプロスよ、光であれと。

(2010/1/22)


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