アクマイザー

風呂


カノン島で一緒に住むこととなった双子だが、デフテロスが暮らしていた小屋には風呂などない。
だがアスプロスは気にしなかった。聖域でも沐浴の設備を持てるのは女神や教皇、そして黄金聖闘士などの上級ランクの者たちだけであり、通常は何箇所かに設置された集団用の大浴場を利用していたのだ。
デフテロスがここで修行をするにあたり、個人風呂を持つような贅沢は必要なかったろう。あったところで、入浴分の水を汲み、火を焚いて湯とする労力と時間が勿体無い。水道も敷かれていない奥地に建つ小屋だ。鍛錬が目的であるのならば、住まいは雨露をしのげて、寝食が可能であればそれで良い。
アスプロスが風呂の無いことを気にしない理由はもう1つあった。それはここが火山島であるということだ。火口にほどちかいこの地帯には、温泉がいくつもある筈なのである。万がいち適当な温泉がなくとも、噴火口傍には自然のサウナが存在する。おそらくデフテロスはそれらを利用していたに違いない。風呂などなくとも身体を清めるのに不自由はしないだろう。

そんなわけで暢気に構えていると、案の定、二日目の夜になって弟の誘いがあった。
「兄さん、風呂に行かないか」
「ほう、露天風呂か?」
「いや、洞窟内だが…」
洞窟風呂もそれはそれで良いものだとアスプロスは思った。どちらにせよ、一日の汗は流したいし、断る理由など無い。二つ返事で了承すると、デフテロスは片手に着替えの衣類を持ち、片手でアスプロスの手を取り歩き始めた。アスプロスも戸惑うことなく握り返して付いていく。ひと目のない場所で弟と手を繋ぐ事程度は、もうすっかり慣(らさ)れているアスプロスだ。
しばらく行くと、もうもうと噴煙の湧き上がる洞窟が見えてきた。穴の中へ入ると一気に温度が高まる。
「もしや、蒸気風呂か?」
アスプロスが尋ねるも、デフテロスは首を横に振る。
「いや、ちゃんと浸かる風呂だ」
しかし行けども温泉の現れる気配は無い。
とうとう二人は溶岩の流動する灼熱のエリアまで辿りついた。
流石にアスプロスはあたりを見回したものの、デフテロスの方は気にせずそのまま進んでいく。
「デフテロスよ、風呂は…?」
「すぐ目の前にあるだろう」
服を脱ぎもせず溶岩の中に入っていく弟を見て、アスプロスは目が点になった。
「これに浸かるのか?」
「埃や汚れなどは一瞬にして燃え尽きるし、汗もかける」
「………」
アスプロスは共同生活開始以来、初めて弟に意見する事にした。


その後、アスプロスが探し出した温泉にきちんと服を剥がれて浸けられたデフテロスは、溶岩風呂の熱さにも平気だったくせに、裸の兄との入浴でのぼせて湯へ浮かぶ羽目となった。

(2009/12/30)


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