アクマイザー

スウィートプラン6


サガは結局、入り口へ迷宮を張るという荒業で店のトイレを占有し、性別を誤魔化したまま事なきを得た。知らずに迷宮に迷い込んだ客数人が行方不明になり、探しに行った店員の姿までが消える騒ぎにはなったものの、サガたちが店を出た3分後には全員無事に店の中に現れて、警察沙汰にはならずに済んだ。
そのせいでその店は現代の怪奇スポットとしてマスコミに取り上げられたりする騒ぎになったのだが、それはまた別の話。
上質な珈琲で渇きを潤し、心地よく時間を潰したタナトスとサガは、次の目的地であるオペラホールを目指していた。ギリシアでの円形劇場になじんでいる二人だが、今日は現代建築での観劇である。なかなか評判の良い演目らしく、チケット入手も困難なほどの人気で、サガは密かに楽しみにしていた。芸術に関しては目の肥えたタナトスが選んだ舞台だ。質に関しては心配ないだろう。
現地までタクシーで乗り付け、釣りは受け取らず降車して建物を見上げる。私用で世俗界に足を運ぶのみならず、このように誰かと楽しい時間を共有できるなど、なんと贅沢なことだろうかとサガは感慨に浸った。
13年前までは、聖闘士としての任務や目指す教皇への修練で余暇を楽しむ間などなかったし、聖域を簒奪していた13年間はそれ以上に余裕など無かった。余裕を許される立場でもなかった。
聖戦後に黄金聖闘士として蘇生されたこの身は、贖罪を課せられてはいるものの、こうして自由な時間を持つことが出来るようになっている。敵神であったタナトスとも、表面上とはいえ三界の同盟協定の結ばれた今ならば、会うのに不都合はない。そのタナトスは人間のことを滓とも思わぬ性格であったが、星矢に負けて以降はその態度も多少軟化していた。その変化はサガにとって喜ばしいものだった。
サガの感慨をよそに、後から優雅に降りて横に並んだタナトスがふと考え込むような顔をしている。
「どうしたのだ?」
連れの表情の変化に気づいて、サガが顔を覗き見上げた。
タナトスはちらりとサガを流し見て、それから建物へと視線を戻す。
「この建物から死の匂いがする」
「どういうことだ」
驚いたサガが問い返すと、タナトスは肩を竦めた。
「昨今人間界で流行っているテロの類であろうな。数分後にこの建物は爆破され死者で埋まる。観光客も多く注目のイベントゆえ標的となったのだろう。死の神としては、その惨禍を肴に近隣の店で酒を酌み交わすデートへの変更でも構わぬが…」
「そんなデートがあるか!」
サガは慌てた。聞いた内容の衝撃で、それまでの感慨が一気に吹き飛ぶ。しかも爆破は数分後という。いくら万能に見える黄金聖闘士とはいえ、人間の出来る事は限られている。専門家でもない自分が、そのような短時間で爆発物の場所など捜し出せるはずも無い。
サガが選んだ最短の解決策は、プライドを捨ててタナトスに頼る事だった。
「タナトス、貴方の力でどうにかならないのか」
「軽々しく神が介入することは許されておらん。このように事前に人に話すことも、本来であればルール違反なのだぞ。お前達聖域とて、政争には手を出さぬ決まりではないのか」
そう返されてもサガは引かなかった。タナトスの胸倉を掴む勢いで迫る。女性の姿となっていても、その激しい小宇宙と眼差しは双子座の主そのものだ。
「それでも話してくれたのは、私が動くと判っているからだろう?」
とても物を頼む態度ではなかったが、滅多に見せぬこのサガ本来の不遜な眼差しをタナトスは気に入っていた。本気を見せた時のサガの小宇宙は、煌く銀河のように鮮やかに燃え上がる。
「…爆破物が取り付けられているのは、表側非常口脇と舞台裏の奈落だ。爆発の被害よりは出口を塞がれた火災による一酸化中毒で死者が多く出るだろう」
言葉と共に、建物構造と仕掛けられた爆弾の位置情報がサガの脳内へと直接渡される。サガは礼を言う時間も惜しみ、瞬時にそこから処理方法と時間を算出した。
(駄目だ。間に合わない!)
テレポートで飛んで、爆発物を異次元へ除去したとしても、もう一箇所の対処が後回しになってしまう。
通常の物質を異次元送りするのと違い、爆弾の類は衝撃を与えぬよう慎重な扱いが必要となる。
簡単にはすまないのだ。
「オレは手伝わんぞ」
冷たくタナトスは言い放つ。
せめて片方の処理だけでもと瞬間異動したサガの脳裏へ、タナトスの思念が届いた。
『その代わり、後をつけて来ていた鬱陶しいお前の弟どもに同じ情報を流した。あとはお前たちで何とかするがいい』
サガは目を見開いた。


その後、カノンがもう片方の爆発物の場所へと飛んで異次元技を炸裂させ、シュラとアイオロスは実行犯一味の現地確認役と思われる下っ端を探し出し、捕縛に成功した。(これもタナトスの情報と、テレパシーを駆使出来る聖闘士の能力あっての反則技であったが)。
その身柄は聖域の外交ルートを通じて現地警察へと引き渡され、あとは国の法に従って対処されることになるだろう。
面倒な手続きは教皇候補アイオロスの権限で呼びつけた聖域の諜報員に任せ、一区切りついたところでカノンとアイオロスとシュラの三人は、目の前で腕を組んだサガに気づき、新たな脅威に身を竦ませた。
サガはにっこりと笑顔で三人を威圧している。
「さて、何故お前たちがここに居るのだろうか」
光速異動となりふり構わぬ必殺技行使のおかげで、サガの服はところどころ汚れ、裂けている。しかし、未だタナトスの幻影は解けておらず、サガは女性に見えたままだ。破れた胸元から豊満な胸が覗きかけていて、芸が細かいなとアイオロスだけは呑気に思っていた。無論顔には出さない。顔に出したとたんにGEを食らうのが目に見えているからだ。
アイオロスはサガに負けずに笑顔を輝かせた。
「元敵神が地上へ降りたとなれば監視がいるからね。しかもその敵神から黄金聖闘士が何らかの利益供与を受けたとなれば、賄賂や情報漏えいの心配もあるし?」
カノンとシュラは遠い目でアイオロスを見た。ここで言い訳どころか攻勢に打って出るとは、どんだけ大物なんだよという視線だ。それくらい図々しくないと教皇職は勤まらないのかもしれないが、サガもまた堂々と主張した。
「元反逆者である私の信用が薄い事は判っている。だが私は公私混同をした覚えは無い」
「でも、今日の遊興費用だってタナトス持ちなんだろう?ホテル代とかも」
むしろ思いっきり公私混同な追求をしているのはアイオロスである。
サガは睨みつつもきっぱりと言い返した。
「そのようなわけなかろう!自腹だ!」
「「「ええええええええ!?」」」
思わず三人の声が重なる。
「な、何でですか」
シュラが思わず突っ込むも、サガは逆に問い返した。
「何故私がタナトスに金を出して貰わねばならんのだ」
「だって、デートなのでしょう」
「タナトスに私の分まで払わせるいわれが無い。…それゆえ、本来であればホテルとて神に相応しい格式を選ぶべきなのだろうが、ランクを落として私の懐具合に合わせた場所を見つけて頂いたのだ…」
最後のほうは申し訳なさそうに声を落としている。それなりのレベルのホテルで、良い部屋を確保するためのスイートルーム格安プランであったのかと、ようやく合点のいく三人だった。
驚きと多少の敗北感を持ってカノンが尋ねる。
「タナトスが、そのプランを探してきたのか?」
「いや、探したのはタナトスに命じられた冥闘士らしい」
三人は本気でその冥闘士に同情しつつ、互いに目配せした。タナトスは後をつけてきていた自分たちの事を完璧に把握していたようだ。その上で死の神としての節を曲げてサガに惨事を教え、自分たちに協力の機会までを与えたのだ。
今日のところは完敗だった。
カノンが溜息をつきながらサガに告げる。
「勝手にくっついてきて悪かったな。あとでいくらでも怒られてやるから、とりあえず戻ったらどうだ。あの二流神が待ってるんじゃないのか?」
「あ」
サガが思い出したように声をあげる。そして途端にそわそわと慌てだした。
「そうだった、まだ私は彼に礼も言っていない!」
破れたスカート(に見えるだけで実際にはスーツの裾)を翻し、タナトスの待つ場所へと転移するため小宇宙を高めていく。残された三人は苦笑して見送るしかない。
だが、テレポートの寸前に、サガは表情を和らげて三人にも笑顔を見せた。
「お前たちにも感謝している。私だけでは今日のテロを防ぐ事は出来なかった…ありがとう」
そう言って消えていったサガに、三人は完全に降参の手を上げた。


「待たせたな」
「全くだ。たかがあの程度の処理で、どれだけ神を待たせるのだ」
息せき切って戻ってきたサガを、ホテルのバーで待っていたタナトスはいつものように容赦なく切り捨てた。
そして待つ間に飲んだのであろう水割りの伝票を、何も言わずサガに押し付ける。
「このような場合、お前が払うのが人間界でも定石であるのだろう?」
「ああ」
サガはそれを受け取り、謝罪を口にしながら頭を下げた。
それでもタナトスは不満の口上を収めない。
「余計な節介のせいで観劇も出来ず、用意してやった服は初日で破るわ、お前はまったく面倒でトロい男だ」
「本当にすまない」
そう言いながらもサガは微笑んでいた。伝票を手に、にこにことタナトスを見つめる。
「貶しているのに、その嬉しそうな顔はなんだ、気持ちの悪い」
「今日のデートが楽しいからだ」
目を丸くしたタナトスを尻目に、サガは支払いを済ませている。
「今日は運動をしてきたゆえ食欲もある、このあとの食事を期待している」
極上の笑みを浮かべているサガへ、呆れの色を浮かべたタナトスが冷静に呟いた。
「その格好では入れてもらえまい」
言われてサガは初めて自分の姿を見下ろした。確かにレストランどころか公共の場ではいかがなものかという状態の服だった。ここまではテレポートで駆けつけたために問題はなかったものの、どうりでレジの担当者が赤面して視線を合わせなかったわけだ。
「どこまで神に手間をかけさせるつもりか」
そう言いながらも、タナトスはその神力でもって、サガの破れた服を繕い元に戻していく。
サガはじっと情人の顔を見つめた。
「ありがとう、タナトス。ついでと言っては何だが、私を元の姿に戻してはくれないか」
怪訝な顔をを見せる死の神の手を、サガはそっと握る。
「奇異に見られても私は構わない。私は本来の私のままで、貴方の前に立ちたいのだ」
異性の形をとるのもそれなりに楽しかったがと伝えつつ、「それに」とサガは続けた。
「女性の姿のままでは、このあとの店で大量の注文をしにくいだろう?」
タナトスは暫く黙っていたが、サガを包んでいた幻影を解き、その肩を抱き寄せる。
「食い気が先か。お前は全く色気もない」
「我儘ばかりですまないな」
二人は見詰め合ってから少し笑い、それから軽く触れ合うだけのキスをした。

(2008/12/19)

[オマケ]


[BACK]
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -