アクマイザー

GOD DIVA(タナサガ)


時折サガが双児宮を抜け出して、冥界へ行く事は気づいていた。
オレには何も言わない。そっと静かに出かけていき、明け方近くにこっそり戻ってくる。
気づきながらも問いたださず黙っていたのは、戻ってくる時のサガが、とても穏やかな表情を浮かべていたからだ。
聖戦後に蘇生されて以降、サガは殆ど笑わない。
仕事は黙々と果たすし、聖域の復興にも積極的だ。
アイオロスやアイオリア、そしてムウなどには頭を下げ、正式に謝罪をしたという。そういえばオレにまで謝罪をしたのを思い出した。スニオン岬の件ならばオレの自業自得で、謝られるようなことでは無いと思うのだが。
サガは淡々と「お前がわたしを殺したいのならば、そうしても構わない」などという。当然、1発殴っておいた。
過去が理由ではない。そんな事を口にする今のサガに腹が立ったからだ。
しかし、サガはオレが未だに怒っているのだと考えたようだ。
オレがサガを嫌っているものと決め付け、同居することすらすまなそうに振舞う。喧嘩も成立しない。おかげで双児宮では毎日が静かなものだ。
イライラする。

その日もオレは苛ついていた。
思い切って「どこへ行くのだ?」と尋ねた答えが「なんでもない」だったからだ。
教えるつもりがないのなら、勝手に調べさせてもらう。
そうして追いかけたオレが見たものは、冥府の最下層でタナトスに肩を凭せ掛けているサガの姿だった。

サガはオレに気づくと、ゆっくりと顔を上げた。
「カノン、どうしてここへ…?」
動きに合わせて、とろけるように濃厚な小宇宙が後を引く。サガの小宇宙ではない、タナトスの小宇宙だ。
サガは全身にタナトスの小宇宙を受け入れ、滴るほどに溢れさせていた。
「何をしているんだ、サガ」
質問というよりも詰問になってしまったのは仕方が無い。
その問いに割って入ったのは、不快そうな顔をしたタナトスだった。タナトスはオレを無視してサガへ話しかけた。
「この無礼な男が、お前の弟か」
「お許しください。わたしを追ってきたのです」
フンと横を向いた死の神をオレは睨み、サガへと向き合う。
サガがこんな神に気を遣っていること自体、気に食わない。
「何をしているのかと、オレは聞いたんだが」
これでも相当に怒りを抑えているのだ。
サガが何を考えているのか、理解できない。
「日光浴のようなもの…タナトスはわたしに平穏を与えてくれる。幸福をいつでも思い出させてくれるのだ」
サガもまた、オレの怒りを理解できていないようで、不思議そうな顔をしている。
「どうしてそいつなんだ!神なら聖域にはアテナもいるだろう!」
「どうしてって」
サガは小首をかしげた。
「わたしは、タナトスと繋がっているのだ」
「は?」
何を言っているのか本当に判らなくて、思わずマヌケな声が出る。
「知らなかったのか?わたしは自殺者だ」
タナトスの小宇宙を滴らせたまま、サガは静かに立っていた。
「それは聞いた。アテナが聖域に戻ってきた時、お前は自分で胸を突いたんだろ」
「あのとき、ようやくアイオロスやお前のもとへ行けると思った。いや、アイオロスはわたしのように罪深い者などとは違い、天へ昇ったろうから、神の罰を受けて死んだであろうお前を探そうと思った。女神は立派に成長され、聖域には平和と真実が戻ってくる。あの時の震えるような歓喜を決して忘れない。自ら胸を貫いたあの瞬間が、生前のわたしの最も幸福な時間」
サガはそっと両手を左胸にあてた。その途端、滲み出すようにして鮮血がサガの胸から溢れた。双子間の共振を通じて、鋭い痛みが伝わってくる。共振でこれでは、サガ本人にはどれだけの激痛が感じられていることだろう。
けれどもサガは夢見るように笑っていた。その痛みすら至上の平安であるかのように。
死の穢れがサガを蝕んでいる事に気づき、オレは顔をゆがめた。タナトスがゆるりと指をこちらへと指し示す。
「サガよ、お前の弟の顔を見るがいい。冥府でイザナミの姿を知ったときのイザナギと同じ顔をしている」
指先を視線で追い、サガは表情を消してオレをじっと見詰めた。
「そうなのか?カノン」
「違う!オレはただ…!」
「いいんだ、わたしは醜いだろう」
横では銀色の瞳を持つ死の神がうっすらと笑っていた。
サガに嘘はつけない。だが、だが、しかし。そうじゃないんだサガ。
サガは微笑んでからオレに背を向けた。
「タナトス、行こう」
「予定よりも早いが、良いのか?確か、射手座が教皇になるまではと言っていたろう」
「ああ、構わない。遠からず彼は立派な教皇となる。待つまでもない」
サガはそっとタナトスへ寄り添った。タナトスがマントを広げてサガの身体を包む。するとサガの姿は白い鳥へと変わり、数度羽ばたくと空へと飛び立っていった。
それを見送ったあと、言葉の出ないオレに向かって、タナトスが告げる。
「あれの知る幸福を超えるものが無い限り、あれはもう二度と生には振り向かないだろう…そうだな、双子座として、聖戦でもあれば話は別かもしれないが」
それは勝利の宣告と同義のことば。
無邪気な残酷さでタナトスは楽しんでいる。
「だが命は1度しかない。サガの生はもう終わっている。やり直す機会はないのだ、囁き間違えた者よ」
言い終えると同時にタナトスの姿も消え、空には銀の鳥が1羽、ついと優雅にはばたいてサガの後を追うように飛び去っていく。
二羽の姿が見えなくなると、周囲は暗黒と腐臭の漂う景色になった。
足元から感覚が消えていくかのように、全身を空虚が覆っていく。
面白半分に兄へ闇を囁いた報いを、いま受けているのだろうか。13年以上も昔のことなのに。

寒くて凍えそうだった。
ここは地獄なのだと、その時オレは理解した。


(2010/8/9)

[Endingシリーズ]


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