アクマイザー

闇の林檎3


「お前も知っていようが、射手座の間合いは、やや広めだ。翼を活かした滞空時間の長さは、空中からの攻撃を有利にさせる」
訥々と話す黒サガの分析に、アイオリアは頷いた。
兄であるアイオロスの戦闘スタイルは、昔よく稽古を受けていたアイオリアには既知のものだ。
ただ、当時のアイオリアは、黄金聖闘士の座にあったとはいえ、まだ幼かった。対等に兄と向き合うには、まだ修練や肉体年齢が足りなかったのだ。
その点、サガは唯一の同期として、アイオロスと共に幾多の任務をこなし、同じ実力を持つもの同士の修練や組み手をおこなっている。より細かい洞察もできるだろう。
13年たった今ならば、兄に相対しても、獅子座として、男として、後塵を拝さぬ自負はある。しかし、脳裏でイメージトレーニングによるシミュレーション戦闘を行うとき、やはりやっかいなのが上方からの攻撃だった。
必殺技に対しては必殺技で対応可能だ。たとえば、小宇宙を幾千の矢に変えて相手を射抜くインフィニティブレイクは、ライトニングプラズマで相殺できる。相殺できず互いに痛手を負うかもしれないが、そのとき活きるのが、そこに至るまでに相手へ負わせていた通常攻撃でのダメージなのだ。
「ああ、だから俺の攻撃を届かせるには、こちらが間合いへ飛び込むしかないのだが…」
それが容易ではない。
直接攻撃を得意とするアイオリアが、実力を発揮するための接近を、アイオロスは簡単には許さない。
そう言うと、黒のサガは小さく笑った。
「お前は、お前の持つ能力を使いこなしていない」
「俺の能力?」
アイオリアは首をかしげた。サガはとても汎用性の広い攻撃力を持っている。精神技、異次元を開く特殊技、遠距離にも放てる物理攻撃、相手の攻撃を無効化する防御など、数え上げればきりがない。しかし己が持つ能力などなにかあったろうか。
「お前はサイコキネシスを使える」
「確かに使えるが、攻撃に使えるほどの威力はないぞ」
黄金聖闘士ともなれば、セブンセンシズに至る過程で数々の超常感覚に目覚め、誰であれ多少のサイコキネシスを使いこなす。それゆえ能力と呼ぶほどのものではないとアイオロスは思っていた。ムウほどの力があれば別だが、多少のパワーでは相手の小宇宙に遮られるのがオチだ。直接拳を叩き込むほうが威力も効率も上のはずで、良くてフェイント程度の使い道だろう。
けれどもサガは首を振った。
「充分だ。それだけの力があれば、お前は空を駆けることができる」
「兄さんと同じように飛べということか」
「常時浮かずともよい。宙に足場さえつくることができれば、それを足がかりに、空中での方向転換や直接攻撃も可能となる。そうなれば、なまじ翼を持つがために空気抵抗の多いあの男よりも、お前の攻撃の方が早い」
「…なるほど」
サイコキネシスを攻撃のためにではなく、補助として使用するということだ。試す価値はありそうだった。
他人の視点というのはとても参考になる。自分では気づかぬ可能性を開いてくれる。
「では、約束どおり手助けをしよう。お前がその力を実戦で使いこなせるようになるまで」
「どうするんだ?」
「まずは宙に立て。そのお前を目掛けて、わたしが光速拳を乱打する。すべて空中で避けろ」
「反撃していいか」
「すべて避け切れたら。ただし、簡単にわたしの拳から逃れられると思うな?」
黒髪のサガは、獰猛な獣が獲物を食いちぎるときのように、楽しそうだった。
「どうして、そこまでしてくれるのだ」
アイオリアの13年間に対する贖罪だとは思わない。ただの気まぐれだろう。だが、計算高いこの男が、ただの気まぐれでここまで労を割くだろうか。
「黄金の翼を持つあの男が、翼を持たぬお前に倒されたら、さぞかし愉快だろうから」
「サガ、お前は」
兄さんが好きなのだろうという言葉は、どうしても口に出せなかった。

(2011/11/21)


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