アクマイザー

睦言


「そういえば、今日は地上では嘘をついても構わぬ日なのだ」
仕事から戻ったタナトスは、サガからその話を聞いて妙な顔をした。
「嘘を肯定するとは、薄汚い人間らしい風習だが、何故そんな日を設けるのだ?」
嘘をつくことが出来ない神からすると、全く理解に苦しむ風習であった。たった一つの嘘が神としての凋落を引き起こしてしまう彼らにとって、わざと偽りを述べるということは最大限の禁忌といってもよい大罪である。人間が簡単に嘘をつき、罪を犯す感覚がまったくわからないのだ。
聖域に暮らしていたサガにとっても身に馴染んだ風習とは言いがたいが、こちらは人一倍嘘で塗り固めた半生を送ってきた男である。苦笑しながらタナトスへ答える。
「嘘と言っても、相手を傷つけるものであってはならない。一種のホラ話として楽しめるものを提供しあう…そういう感じかな」
「ふむ」
嘘という言葉にはひっかかるものを感じる神も、『ホラ話』ならばまだ許容範囲らしい。悪神といわれているタナトスではあるが、ともに暮らしていると、それでも神なのだと思わされる場面は多かった。人間への軽視や嫌悪も、裏を返せば潔癖さの現われであり、それが良い面に現れる分にはサガは嫌いではなかった。
「そんなわけで、今日はわたしがもし嘘をついても許せ?」
笑いながらサガが告げると、タナトスはイヤな顔をした。
「たとえばどのような」
「…じつのところ、貴方のことを良い夫だと思っているだとか、愛していないこともないとか、そんなささやかな嘘を」
軽いたわむれのように吐き出したサガを、死の神は深淵を湛えた銀の瞳で見つめる。
「『嘘をつく』という嘘か?いや、お前は仮定の形しかとっておらんな」
そのまま顔を近づけ、サガの口元へ軽く口付けを落とす。
「いいか、人間界は人間界、エリシオンはエリシオンだ。お前がオレに嘘をつくことなど絶対に許さん」
「それこそ、無茶をいわないでほしい」
二つの魂を持ち、どちらもが本当でありながら偽りでもある双子座の聖闘士は、そっとタナトスへ口付けを返した。

(2011/4/1)


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