アクマイザー

水分拒絶シリカゲル


デスマスクもまた、タナトスとサガの離宮へ足しげく通う人間のひとりだ。本来エリシオンは神の道の向こうにあり、人間の立ち入りが出来ぬ場所なのだが、ハーデスが冥界復興中の現在、界を二つに分けて創る余裕が無いため、冥界の片隅に仮の楽園として擬似エリシオンが作成されている。それゆえに、八識を持つものならば比較的容易に来訪が可能なのである。

来訪者のなかでも、デスマスクは珍しくタナトスに好意的に受け入れられているサガの客人だ。何故なら彼が手土産として持参する酒や、その場で調理して置いていく料理に外れがなく、味にうるさいタナトスですら唸らせるほどの美味ばかりなのだ。
デスマスクの料理は大抵の相手を陥落させる。カノンが「神を誑かした男」と呼ばれるように、デスマスクも影で「神を餌付けした男」と呼ばれていた。


「なあ、そろそろこっちに帰ってこねえ?ペルセポネも地上に戻る季節だぜ」

サガを目の前にして、デスマスクは直球で切り出した。
話しながらもテーブルの上へ、タラゴンやレモンバジルのクリームチーズペーストがたっぷり添えられたカナッペの皿と、冷やした白ワインのグラスを置いていく。皿に添えられたエディブルフラワーのパンジーが春を感じさせてくれる。
デスマスクのいう「こっち」というのは、人間界のことだ。さらに正確に言えば「聖域」のことである。
しつらえられた酒膳に手を伸ばしつつ、サガは苦笑した。

「双子座の聖闘士の力が必要なほどの大過は、ないはずだ」
「聖闘士のアンタじゃなく、アンタ本人…サガに言っているんだ」
「わたしが個人的に必要とされるような機会は、もっと無いはず」

いつものごとく暖簾に腕押しであった。デスマスクは胸中でため息を零す。
デスマスク本人としては、サガが過ごしやすいのであれば、どの界に居ようと反対する気はさらさらない。聖闘士としては失格の態度かもしれないが、聖域の体面よりはサガの精神の安寧のほうが100倍大切だ。
しかし、サガを地上へ呼ぶのは、周囲を含めた全体的な影響を鑑みてのことだった。

「いやその…ほら、アイオロスとかさ?アンタが支えてやれば、教皇となるときも心強いんじゃないかなあ…って」

反応をうかがいつつ、かつてサガが汚名を着せて殺した相手の名を出すと、一瞬だけサガの手が止まる。それでも一瞬だけだ。

「それならば、元反逆者のわたしが居ない方が、聖域もまとまるだろう…彼の治世に協力を惜しまぬつもりではいるが、それは冥府にいても出来ることだ」
「俺だって元反逆者なの忘れてねえか。今更そんなことでウダウダ言う奴はいねーよ」
「とにかく、今のわたしはタナトスの伴侶ゆえ」

話を打ち切るように、サガはワイングラスを口元に運ぶ。
デスマスクは、最近荒れ気味なアイオロスを思い浮かべて、また胸中でため息を零した。もちろんアイオロスは他人に当たったり機嫌が悪くなったりするわけではない。教皇となる器だけあって、荒れを表に出すようなこともない。それでも魂を見ることの出来るデスマスクにはわかるのだ。
確実にアイオロスの精神状態は悪化している。

アイオロスとサガはある部分似ていて、聖闘士として優先すべきことのためならば、自分の私事や心は最後の最後で切り捨てる部分がある。
だが近い将来、聖闘士をとりまとめ聖域を導く地上のかなめとなる男が、心を殺した者であってはならないのだ。

サガとアイオロスの関係は、経験豊富なデスマスクにもよく判らない。友情としては行き過ぎているし、さりとて恋愛感情かというとそれも違う気がする。執着とコンプレックスと憧れと信頼…ときには対立や憎悪も交じり合わせながら、それでも彼らは二人揃っていないと、片方だけでは精神的な自家中毒を起こす。

しかし、問題は両者ともにそのことを自覚していない点にあった。

(あーもー面倒くせー。女神やあのペガサスのガキを引っ張り出すか)

そろそろ最終手段を本気で考えるべきかと、デスマスクは目の前の男を見る。はた迷惑でありながら、それでも放っておけないかつての主は、蟹座の気苦労をよそに、白ワインで喉を潤している。
いっそ、アイオロスが力づくでサガを攫ってしまえば楽なのにと、デスマスクは胸中で零した。

(2011/4/1)


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