療養に近い恋
「それでアンタはオレに記念ケーキを作れと言う訳ですかい?」
「ああ、そのあたりの市販のものより、お前の手作りの方が見栄えもよく美味しいのでな。勿論礼はする、デスマスク」
蟹座の聖闘士に頭を下げているのは先輩聖闘士のサガだ。サガは聖闘士でありながら仕えるべき神アテナに反逆した過去を持つが、今はこともあろうに元敵神のタナトスの元へ輿入れをしている。
何をしでかすか判らないという意味ではサガらしい状況だが、嘗て彼を自らの主と定めていたデスマスクとしては、大分複雑な気持ちではある。
「駄目か?」
しかし、穏やかに多少の気安さも含んでの目線を向けられると、否とは言えない。
「アンタの頼みをオレが断ったことなんてありましたっけ」
「いいや」
遠まわしに了承すると、サガは嬉しそうに微笑んだ。
デスマスクはポリポリと指先で頬をかき、思い切ってサガに尋ねた。
「アンタ、あの神のどのあたりが好きなんですか」
突然の問いにサガは目を丸くしたものの、直ぐにその目は細められる。
「そうだな…タナトスはわたしに安らぎと居場所をくれる」
「はあ?」
「彼の子を成せるわけでもなく、家事に長けているわけでもなく、同じ志を胸に冥王のため働けるわけでもなく、力としては神である彼のほうが上であるから、伴侶として彼を守り抜くという役割もおそらく出来ぬであろうわたしのような者を、かりそめとはいえ嫁として傍に置いてくれると言うのだ。それだけでも文句のつけどころの無い夫であろうよ」
サガの表情には、卑下ではなく本気でそう思っている様子が伺える。
この世にあれば引く手数多であろう自分の価値を、タナトスに与える事で相殺しているかのようにも見えて、デスマスクは内心で溜息をついた。
タナトスのことを好きか嫌いかと問われたら、サガは確かにタナトスが好きなのだ。そうでなければ誇り高いこの男が、そのような役割を無意識であれ相手に渡すはずが無い。
そして、死の神タナトスの事を好きになるほど、サガの心は乾いていたのに違いなかった。
「アンタが納得しているのなら、それでいいさ。それで、その結婚一周年記念ケーキとやらには何かリクエストがあるかい?」
どんな形であれ、13年間刻まれ続けたサガの傷が癒せるのならば、多少のことは目をつぶろうとデスマスクはそっと胸のうちで呟いた。
(2010/4/1)
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