アクマイザー

選択肢3・デレデレ


ヒュプノスの置いていった小さなガラスの入れ物は、女性たちがよく持っている香水の壜に似ていた。中を覗くとキラキラと煌く何かが詰まっている。眠りの神作成という時点で怪しいことこの上ないが、ここにサガの心の一部があるのだと思うと、何となくそっと扱ってしまう。
飽きもせずその輝きを眺めていたが、暫くしてサガが帰ってくる気配がしたので慌ててその蓋を開いた。ふわりと優しい香りが漂ったような気がした。
「ただいま、カノン」
サガの第一声はいつもと変わらなかった。手には土産らしき箱を持っていたけれど、これは時間的に小瓶の成果とは関係ないだろう。
オレの視線に気づき、サガはその箱を目の前のテーブルへと置いた。
「仕事帰りに通った巨蟹宮で、デスマスクが持たせてくれたのだ。お前と一緒に食べるようにと」
がさがさと箱を開け、パイと魚の焼き浸しとハーブサラダをとりだしている。土産というよりもデリバリーのようなそれらは、おそらくデスマスクの手作りだ。
「丁度良かった。実は来客があって、夕飯の用意をまだ何もしておらん」
言ってから思い当たる。巨蟹宮には黄泉比良坂経由による冥府への近道がある。双子神やラダマンティスが内密に通路として使っているのだが、今回のヒュプノスの来訪を守護宮の主デスマスクだけは気づいているだろう。気配り上手な彼が、ヒュプノスの帰参時刻から類推して双児宮住人分の食事を用意してくれたのだろうことは、想像に難くない。
サガもオレの言葉で何かに気づいたのか、部屋をぐるりと見回した。
「なるほど、ヒュプノスの小宇宙が残っているのはそのせいか…何もされなかったか?」
微かな残留小宇宙だけで相手を特定するのは流石である。しかし、何かされているのはお前だとは口が裂けてもいえない。
サガはじっとこちらを見てから、安心そうに息を零した。
「デスマスクはお前も呼んで巨蟹宮で夕飯を食べればいいと言ってくれたのだが、何となく虫の知らせというのか、お前が心配になってな。料理は包んで貰って急いで帰ってきたのだ。だが、わたしの勘はアテにならぬらしい」
苦笑しながら料理を並べ終えている。ずっと見ていてもサガに変わった様子は無く、気になったもののオレは急いで台所からパンと食器類を運んだ。
デスマスク作成のパイは、オレンジソースで煮込んだ鴨のひき肉をパイ皮で包んだもので、焼き立てではないというのに大層美味しかった。
食事のあいだの話題はたわいもない日常の出来事だ。サガはにこにこと昼間の教皇宮であったことを話す。アイオロスの成長ぶりだとか、仕事の進捗具合だとか、まあオレにとってはわりとどうでも良いことではあるのだが、いかにも嬉しそうに話す兄を見ていると水をさすのも大人気ない気がして、適当に聞いてやっている。
食事のあとには食器を洗い、リビングへ戻るとサガがソファーで寛いでいた。
いつものように隣へ並んで座る。サガは疲れているのか、寄りかかってきた。いよいよ何か起こるのかと待ち構えたものの、いつまでたってもそのままだ。あまりにじっと見つめたせいで「何か顔についているのか」と聞き返されてしまった。
「いやその…どこか気分が悪いとか、そういうことはないか」
「何だ、体調の心配をしてくれるのか?」
サガは不思議そうに、そして幾分機嫌良さそうにオレの顔を覗き込む。
「何でもないのなら、いいのだ」
そう答えると、サガは「おかしな奴だ」などと言いながら、膝枕を求めてきた。求めるといっても、了承をするまえに何時だって勝手に頭を乗せてしまうのだが。
(つまらん、不良品ではないか)
変わらぬ兄を見て、がっかりしたようなホッとしたような気分になる。
横になったサガはオレを見上げ、手を伸ばして髪を繰る。
次にヒュプノスに会ったときには、神の薬もアテにはならんなと笑ってやろうと思いながら、オレもまたサガの髪を撫でた。

それが日常ゆえに、カノンは気づかなかったのだった。サガが唯一甘える相手がカノンなのだということを。薬で得られる効果と同じものを、日々サガがカノンに与えているということを。

→SELECT
1.やっぱりメロメロ
2.やっぱりラブラブ


2009/9/28


[濃パラレル系]


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