アクマイザー

破壊者


時の流れの定かではない冥界では、エリシオンの存在自体が夢のようなもの。
眠りを司るヒュプノスは、そのエリシオン内に一人の男の姿を見つけて溜息をついた。
その相手の名はサガ。アテナの黄金の走狗。
にも関わらず、タナトスの気まぐれによりこの花園に留め置かれている異形の存在。

彼は見かけだけであればニンフにも劣らぬ美しさをもち、凛としたその魂もプリズムのように十色に変化して飽きることはない。二重精神構造を持つ魂独特の危うさがサガを引き立たせており、ただでさえ美しいものを好むタナトスが、生前から死を求め続けてきたサガを宝石のようにお気に入りとするのは良く判る。

しかし、危険な存在だ。

敵方の黄金聖闘士であるという以上に、サガという男自身の持つ何か得体の知れない因子をヒュプノスは気にかけていた。クロノスをさえ動かしたサガの特性…変革や騒乱をもたらし、時には破滅に向かわせる、そういった因子を彼はもっている。そのような不安要素をハーデス様の眠るこの地には持ち込まないで欲しいと思っているのだが、人間を見下しているタナトスから言わせると、たかが人間一匹に対して心配のしすぎだということになってしまう。

個人としてのサガのことは気に入っていると思う。性格も穏やかであり、品格も高く、神への礼も心得ている。タナトスと気の合うのが不思議なところだが、女神の下僕であるということ以外は審美眼の厳しい自分から見ても余裕で及第点を与えられる。しかし、その事とエリシオンの守護者としての心配は別物だ。

思考を巡らせていると、サガがこちらに気づき、振り向いて微笑んだ。
「タナトス様ならば、離宮におられます」
気を遣っているのか、他のものの前では敬称をつけてその名を呼ぶ。ヒュプノスがタナトスに会いにきたのだと思ったのだろう、死の神の居場所を伝えてきた。離宮とはタナトスがサガへ与えたエリシオンでの仮住まいだ。最近のタナトスは、よくそこへと入り浸っている。
「それでお前は、ここで何をしている」
「…何も。ただ、あの方が休まれたので、邪魔にならぬよう外へ出たまで」
ヒュプノスは眉をひそめた。休んだというのは、眠りの事ではあるまい。それならば己の管轄であり、半神が寝たというのに判らぬ自分ではない。
サガがゆるりと自分の髪をかきあげた。その動作に含まれる無自覚であろう微細な色香に、ますますヒュプノスは顔をしかめた。この男は、タナトスと同衾したばかりなのだと気づかされる。
タナトスは死の神だ。それゆえ戯れにニンフや人間と肌を合わせたところで、それは生の営みとしてではなく、快楽の為だ。サガとのそれとて同じ事のはず。同性と身体を結ぶ時点で、命を生む行為からはかけ離れている。それゆえ、死のありかたとは矛盾しない。手慰みの交わりなど、それこそ神代の時代から何度も繰り返されてきたことだ。
しかし、その後で神であるタナトスが休んでいるという。神を受け入れたサガのほうではなく。
(まさか)
ヒュプノスは背筋が寒くなるのを覚えた。
もしも死の神が、サガを抱いたその後に回復を図るとするのならば、可能性は1つしかない。
永遠の存在である神以外の、有限の命あるものを(つまりサガを)、タナトスは生の営みの一環として抱こうとしたのだ。つまり、何らかの愛情を持って。
死の神がそのようなことをしたのならば、存在に負荷の掛からぬわけがない。
タナトスは文字通り「休んでいる」のだ。

ヒュプノスは黙ってサガを見た。
サガは何も言わずに足元の花を摘み、それを風に流して散らせていた。

(2006/12/5)


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