アクマイザー

捩れたカルマ8



冥界の奥深く、ジュディッカへ続く暗黒の荒野をアイオロスは駆けていた。

シオンから得た情報を元に、シャカを通じて阿頼耶識と呼ばれるエイトセンシズに辿りつくのは早かった。前聖戦を生き抜いた童虎からは、双子神の能力や嘆きの壁の存在を知る。冥界へ降りる手段さえ手に入れれば、そこでの諜報活動も可能であり、情報の詳細を得るのにそう苦労はしなかった。力を削る結界のある地上のハーデス城近隣よりも、むしろ冥界での戦闘は好都合であるほどだ。現在の冥界軍は統率に欠け、聖域の侵攻や諜報戦に対して妨害の布陣を敷くことすらまともに出来ていないのだ。
何故、健在の双子神が手を出してこないのかとアイオロスは危惧したが、童虎によると二神は人間の冥闘士など駒程度にしか捉えておらず、全滅しようがどうしようが最終的に自分達で対処するつもりなのであろうとのことだった。
双子神とハーデスがいるのは、嘆きの壁の向こう側だ。
最終決戦の地となるであろうエリシオンを目指し、黄金聖闘士たちは各自それぞれのルートで敵を殲滅しながら進んでいる。最短ながら最も敵の守りの厚いルートを攻略しているのは女神とシャカだ。カノンは童虎とともにその露払いを行い、アイオロスは女神に近い横道を抜けることで脇を固める。
時折冥闘士が彼の前に立ちはだかったが、三巨頭以外はアイオロスにとって雑魚とそう変わらない。
(このまま、パンドラのいる最深部の城へ抜けられるか)
そう脳裏で呟いたとき、今までとは桁違いの小宇宙が前方へ揺れるのを感じて、アイオロスは立ち止まった。
「ああ、そう簡単に行かせてはくれないよな…サガ」
目の前に姿を見せたのは、煌く漆黒の冥衣をまとった元ジェミニの姿だった。


「この道を進めば、ジュディッカの神殿…嘆きの壁へと到る」
道の先を指し示しつつ、サガはゆっくりとアイオロスの真正面へと立ちはだかった。
「だが、わたしがそうさせはしない」
そう宣告するサガは笑っているようでもあり、冷たく仮面を被っているようでもあった。
「…君を倒さねば、前に進めないということなのか」
「そうだ。あの時はお前がわたしの邪魔をしたが、此度はわたしがお前の路に立ちはだかろう」
あの時。
それは女神を亡き者にしようとしたサガを、アイオロスが殺した13年前の晩のことであると思われた。
「何故だ。何故そうまでして君は戦うのだ。ハーデスなどに恭順する君じゃあないだろう。俺への恨みか」
「問答無用!」
いらえと同時に、手刀による一閃がアイオロス目掛けて走る。アイオロスはそれを躱しながらサガの足元を狙った。上へ飛んで逃れたサガをさらに光弾で撃つ。それは予測されていたのか、展開されたアナザーディメンションへ簡単に飲み込まれ、異次元の盾の後ろから放ったサガの攻撃・グランドブレイカーが、逆にアイオロスの足場を削る。
そこからあとは大技の応酬となった。連発されるギャラクシアンエクスプロージョンに対して、相殺のインフィニティ・ブレイクを放つ。凄まじいエネルギーの集約に、一帯の空間は歪んで其処ここに穴を開けた。
互いの奥義の爆風でサガの銀髪があおられ、広がりなびく。なびきながら黒く変わる。水晶めいていた蒼の瞳は血の紅へと染まる。
光速の攻防の中、アテナよりもよほど戦神のごとく力を振るうサガは、それでも美しくアイオロスの目を奪った。そして、かつて教皇の間でなされた戦いが、全く彼の実力ではなかったことを思い知らせた。あの時、もしもサガがこの力を発揮していたならば、教皇宮など簡単に吹き飛び、赤子であった女神の肉体もただではすまなかったろう。
爆風の吹き荒れるいま、サガはアイオロスの攻撃によるダメージを負いながらも、確かに歓喜で笑っていた。アイオロスは唇を噛みしめた。口の中で血の味がする。アイオロスもまたサガの手により深手を負っている。
永劫とも思える技の掛け合いの後、互いの小宇宙の全てが篭められた必殺技が、至近距離で同時に放たれた。凄まじい白光と熱量が二人を包み、周囲の水分を気化させながら空へ昇る。大地は抉れ、クレーターとなる。小さな太陽を連想させる技の衝突は、暫し冥界に似合わぬ光を撒き散らし、そして静寂を生んだ。


気を失い倒れていたアイオロスが目をあけると、そう遠くない場所にサガもまた伏しているのが見えた。
もっとよく見ようとして、額から流れこんだ埃まみれの己の血に邪魔をされる。
全身の骨が折れたかと思えるほどの痛みをおして、アイオロスは立ち上がった。超新星に匹敵する爆発の中心にいたにも関わらず、射手座の聖衣には傷一つ付いていない。拳で血を拭い、改めてサガを見やると、彼の冥衣の方は砕けていた。肩あてのパーツは完全に粉砕し、そこから覗く腕は不自然に曲がっている。サガの髪は、いつの間にかもとの色へと戻っていた。
彼も意識を取り戻したのか、うっすらと目が開かれる。交錯する視線のもと、サガは穏やかに目元を緩ませた。
『わたしの…負け だ』
気管支が潰れているのだろう。サガはもう声も出せなかった。口元からは血の筋が流れ、小宇宙によりその意思がアイオロスへと届けられる。
負けたといいながら、サガは嬉しそうだった。
『…やはり…お前を選んだ シオン様は…正しかったのだ……お前は、わたしにまさ』
勝る、と言いたかったのであろう小宇宙は途切れ、げほと血の塊が吐かれる。口元だけではない。背中からも足からも、おびただしい血が流れている。そしてなにより冥衣の消失によって、死者であったサガの命は再び消えようとしていた。
「サガ」
どう語りかけて良いのかアイオロスは少しためらい、己も小宇宙での会話に切り替えた。
サガの聴覚もすでに機能を果たしていない可能性があるからだ。
『何故、君が冥闘士などに』
どうみてもサガは、もう助かりそうになかった。彼が失われる前にその意思を確かめておきたくて、アイオロスは己の回復のための小宇宙をサガへと送る。だがサガは目を伏せ、その力をそっと返した。
『死に逝く者へ…小宇宙…を…分けるくらいであれば…次……闘いに…備えよ』
『サガ!』
念話ですら、サガはおぼつかなかった。
『わたしは…シオン様の…選…択……どうしても…納得いかな……お前と闘っても…いない…のに…』
少しでも念話を楽にさせようと、アイオロスは近づいてサガの隣へ屈み、頬へと手を触れる。肉体の接触を通すことにより、彼の小宇宙の消費を減らすことが出来る。
『どうしても…どう…しても……わたしはお前と…闘…たかった…お前に劣る…と…思えなかった…』
その言葉の意味に気づいたアイオロスが絶句する。
『サガ、まさか君は』
『そう…わたしは、命をかけて…お前、と 闘うために…聖…士である事を…捨てた…』
アイオロスの目の前で、徐々に冥衣が風化していく。それにつれてサガの姿も薄れ始める。
『お前との…勝負が…わたしのただ1つの願い……これで…ようやく…魂を乱されること無く…眠りにつけ…』
『サガ!』
瞳を閉ざしたサガへ、アイオロスがただ名を叫ぶ。
『 …カノン…を…わたしの…大切な弟を…頼…む 』
それがサガの最後の言葉だった。

波に流される砂の城のように、彼の輪郭がぼやけ消えていく。
アイオロスは拳を地面へとたたきつけた。
「違う、君は劣ってなどいなかった!これは闘衣の強度の差だ…!」
射手座の翼がひるがえる。
黄金聖衣は女神の血を与えられ、強化されていた。
嘆きの壁を破壊し、その際の衝撃を受けても各聖衣の持ち主が生き延びるだけの防御力を備え、そしてエリシオンへ続く神の道を越えるために。
現に、今の戦いのあとでも、射手座の聖衣は変わらず輝いている。
いや、聖衣はさらに輝きを増していた。サガとの戦いを経て高められた小宇宙が、射手座の聖衣を神聖衣へと変えていく。
光の翼を背負ったアイオロスの横には、いつの間にかカノンが立っていた。
カノンには、最後のサガの言葉は届いていたのか、いなかったのか。

「いこう、皆であの地獄の向こう側まで」

アイオロスがそう呟くと、カノンは黙って頷いた。
神を倒すために、エリシオンを目指して二人は並んで歩き始めた。

2008/9/9


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