捩れたカルマ7
「珍しいな。サガ、お前がオレを地上へ呼び出すなど」
「戦中の気晴らしに、外での逢瀬も時にはよかろう?」
地上の拠点であるハーデス城からそれほど遠くない町の安宿で、サガとラダマンティスの二人は向かい合って立っていた。
「気晴らしなどしている場合か。冥界軍の立て直しで大変なこの時期に」
「そう思っているのに、出向いてくれたのか」
サガは寝台へと腰を下ろした。スプリングの固そうなマットが、重みを受けてぎしりと音を立てた。
地上の、それも街中へ出るにあたり、当然だが二人とも冥衣を脱いできている。市井の一般人となんら変わりない姿であるものの、風格と眼光の鋭さだけは隠しようもない。
「出向いたのは、お前に話があったからだ」
ラダマンティスの声は静かな咆哮のようだった。三巨頭の地位に相応しい、他者を威圧する声。
しかし、サガはそれをさらりと受け止めた。受け止めるだけでなく微笑み返しさえした。
「最終決戦前のプロポーズとでも言うのならば、もう少し良い場所を指定すべきであったかな」
「茶化すのはやめろ」
ラダマンティスは立ったままサガを見下ろした。サガは腰掛けたまま後ろへ両手をつき、見上げて視線を絡める。
「女神軍との交戦により、ミーノスの軍とアイアコスの軍に甚大な被害がでた件は知っているな」
サガは無言で肯定し、先を促した。
「潜伏先が聖域側に漏れ、先手を打たれた…サガ、それについて何かいう事は無いか」
ラダマンティスの口調は、静かなだけに水面下での激流を思わせた。
「そうだな。お陰で三巨頭の勢力バランスが崩れ、お前が冥界で最も力を持つ将となった。喜ばしい事だ」
「サガ」
もう1度静かに、ラダマンティスが恋人の名を呼ぶ。
「お前が、潜伏地域の情報を女神軍に与えたのではないか」
疑いを突きつけられても、サガの表情は変わらなかった。
「なぜ、そう思う?」
「勘だ」
強い視線の前で、サガは小さく笑った。
「お前は、出会ったときから変わらないな。冠するワイバーンの名のとおり、荒ぶる吼竜のような猛将でありながら、些細な事象も見逃さない。しかし、真っ直ぐすぎて損をしている」
「茶化すのは止めろと言ったはずだ」
「茶化してなどいない」
サガは穏やかに言葉をつむいでいった。
「ラダマンティス。初めてカイーナ城に足を踏み入れた時、わたしはお前を倒して三巨頭の地位を手に入れてやろうと思っていた。冥界で動きやすいようにな」
その場面を脳裏に浮かべ、サガは懐かしそうに目を細める。
「しかし、お前ときたら真面目に執務をこなすあまり、書類や雑務で繁殺されていた。話も出来ぬ有様であったので仕方なく手伝ってやれば、いつの間にか『有能な部下が出来た』と喜ばれてしまい…なんというか、タイミングを逃した」
サガの身体から静かに、しかし潮が満ちるがごとく強大な小宇宙が立ち上っていく。
その意図を察して、ラダマンティスが怒りの声を上げた。
「聖域側に寝返るつもりか…いや、最初からこのつもりで俺に近づいたのか!」
対して、サガは穏やかな声のままだった。サガは少しだけ寂しそうな顔をした。
「わたしは戦士としてのお前を殺す。抵抗しても無駄な事だ、生身同士でならわたしに分がある」
「なるほど、闘衣を置いてくるようにしむければ、有利な戦闘を行なえる上、闘衣を通しての冥王の監視も誤魔化せるというわけか。聖闘士と言うのは頭のまわることだな」
「聖闘士、か」
サガは初めて苦笑した。
「わたしがそうであったなら、お前が弟と戦うことを止めはしなかったろう。もしくはわたし自身が戦ってお前を殺したろう。これからお前の誇りを奪おうとはしなかっただろう…けれども、わたしは冥闘士なのだ、ラダマンティス」
その手に小宇宙が集約していき、キラキラと輝きを増して行く。
「何故、わたしを怪しんだのに、誘われるままに此処へきたのだ」
ラダマンティスの瞳は、怒りのために金色へと変わっていた。
「お前を信じたからだ、サガ」
サガは憂いに満ちた瞳を見開いた。長い睫がわずかに瞬く。
「次はもう少し、信じる相手を選ぶことだ」
幻朧魔皇拳という呟きとともに、魔拳がラダマンティスの額を正確に撃ちぬく。冥衣を持たぬワイバーンは、それを防ぐ手立てなどない。その場へと崩れ落ちかけた身体を、サガが抱きとめて支えた。
「何もかも…わたしのことなど忘れて、地上で生きてくれ」
意識を失ったラダマンティスの身体を、サガは両腕で強く抱え込む。
元恋人の肩に頭をつけ、彼は静かに泣いた。
2008/9/3
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