アクマイザー

現在の幽霊



シュラは跪きながら教皇を見上げた。

かの人の表情は常に仮面で隠され、公の場で垣間見るすべはない。
ちらりと髪の色を確認したものの、それだけではどちらのサガであるのか判断出来なかった。
大抵の場合、黒い方のサガは慈愛溢れた聖者らしい外面を保ったまま、密やかに入れ替わる。
黒サガ曰く、身体ごと入れ替わるには善のサガを完全に押さえ込まねばならず、消耗が激しいらしい。
また、黒髪紅瞳と化した姿を見せて良いのは、シュラやデスマスク、アフロディーテといったごく一部の前だけである事を考えれば、要所で白サガを支配し、彼の中から指示を出すほうがやりやすいのだろう。

清らかに見えるサガの口から、邪悪な意思による言葉が紡がれるのを聞いた時、シュラが最初に思い浮かべたのは「遊星からの物体X」だった。物体Xは宇宙から飛来し、いつの間にか人間の中に巣食う。
見た目も言動も本人のままに、取り込まれた人間は捕食者に代わる。
目の前の存在も、サガであるのは見た目だけで、中身はいつの間にか人ならぬモノと入れ替わってしまっているのかもしれない。
気をつけていないと、物体Xに食われてしまう。自分の中にもそれが入り込んでしまう。
シュラの聖闘士としての本能は、早く彼を倒すべきだと警鐘を鳴らし続けてきた。。

それなのに、あんなに警戒していたのに、いつの間にか自分は彼を邪悪だとは思えなくなっていたのだった。それどころか、彼に従い真実を隠匿する側にまわっている。
何故だろう。一体、どうしてこうなったのだろう。

跪くシュラを見下ろしながら、教皇が仮面の内で嘆いた。
「アイオロスは何故、死んでしまったのだ」
自分が追討命令を出しておいて、サガは時折そんな事を言う。
「英雄と誉れ高かった彼が、あれほど簡単に死んでしまうなど」
「彼を倒すのは、簡単ではありませんでしたが」
もう何度繰り返されたやりとりだろうと思いつつ、シュラは答える。
対峙した時、アイオロスは既にサガによって大きなダメージを負わされており、おまけに片腕は無防備な赤子で塞がっていた。それだけのハンデがあったにも関わらず、シュラがアイオロスへ決定打を打ち込むことは、なかなか出来なかったのだ。
シュラがアイオロスに勝てたのは、それが消耗戦であったからだ。
「生きていて欲しかったですか?」
「ああ」
仮面の教皇は静かに呟いた。
「彼は私と戦うべきだった。そうすれば、私の方が全てにおいて勝っている事を、思い知らせてやれたというのに」
その言葉は、シュラへというよりも、己へ言い聞かせているかのようだった。
「…あの男は逃げたのだ。私に殺される機会から」

あの行動を『逃げた』と言うだろうか、とシュラは思う。
はっきりと説明は出来ないものの、その表現は間違っている気がする。
しかし敢えて異論は差し挟まなかった。
この教皇の口から紡がれる言葉が、常に真意であるとは限らない。
だから、いつものように聞き流した。
シュラはまた教皇の髪へと目をやる。このサガは、どちらのサガだろう。

(いや、どちらのサガであろうと構わないか)

そう思う自分はもう物体Xにとりこまれていて、本当の山羊座の黄金聖闘士はとっくに消えてしまっているのかもしれない。
シュラは笑いだした。乾いた笑い声だけが、二人のほか誰も居ない教皇宮に響いた。


(−2007/12/23−)


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