アクマイザー

転宮生6…ロス&リアサガ



ひょんなことから身体の入替ってしまったアイオリアとアイオロスであったが、アイオロスはさして気にした風でもなく、仕事をしてくると言って、いつものように教皇宮へ出かけてしまった。行きがけの明るい挨拶からして、困惑よりも変化を楽しんでいるフシがうかがえる。近く教皇となる男だけあって、彼は些細なことでうろたえたりしない。そのような暇があるのならば、解決策について思考を巡らせるだろう。
しかし、残されたアイオリアの方は兄ほど達観した性格ではない。洗面所の壁にかけられた粗末な鏡を覗き、そこにあるのが兄の風貌であることに動揺を隠せないでいる。兄の姿で、この後どのようにして過ごしたら良いのか、わからないのだ。
兄の姿で雑兵たちの稽古をつけるのは、なんとなく遠慮からためらわれたし、村へ降りても事情を知らぬものは自分をアイオロスと見るわけで、時期教皇としての修練を受けていない己が祝詞を求められたりでもした日には、こなせぬことは無いが、嘘をついて兄の振りをすることは誠実ではないように思われた。

アイオリアは真正直かつ不器用な男であったが、特に兄の姿で嘘を付くことは出来なかった。

しばし悩んだあと、サガに会いに行こうと思ったのは、とくにさしたる理由があったわけではない。ただサガの驚く顔を見たら、次はシュラを驚かそう…程度の軽い思いつきだったのだ。サガが先であるのは、守護宮の位置的な近さによる。
あとから思えばこの人選をした時点で、無意識になんらかの昏い想いが、心の奥底を地下水脈のように流れていたのかもしれないが、とにかく、アイオリアは無邪気に双児宮の居住区を訪ね、そしてサガは私室の扉を開けた。

そのときのサガの顔は、一瞬ではあったが能面のようだった。
事前に来訪者の小宇宙を読み取り、アイオリア用の笑顔で無防備に迎えたサガの目に、アイオロスの容姿がどのように映り、どういう効果を内面にもたらしたのか分からない。けれども、光速をも追うアイオリアの視力は、確かに僅かな間サガの髪の先が黒くなったのを見て取った。
それは直ぐにかき消え、元通りの豪奢な銀の毛先がちらちらと揺れる。
サガは己の変化を隠すように、はじめよりも一層穏やかな表情でアイオリアを迎えた。
「アイオリア、その姿は一体どうしたことだ」
「なんだ、直ぐに兄さんでないって判るのか?」
「小宇宙がお前のものだからな。それに、表情も違う」
「驚かそうと思ったのに、つまらん」
むくれたアイオリアをみて、ようやくサガは形だけではない笑顔を浮かべる。
「入るといい。その姿の訳は中で聞こう」
それでも、どこかまだその笑顔はぎこちないもののように、アイオリアには思えた。
客用の椅子へ腰をおろすと、サガが冷えた檸檬水をグラスに注いで持ってきてくれた。蜂蜜を落してあり、いつものアイオリアの好みからすると少し甘いくらいであるが、その日はとても舌に馴染んだ。
「凄く美味いな、これ」
「アイオロスが好きだったものだ」
ああ、とアイオリアは納得する。身体が好んでいるのだ、この味を。
サガはアイオロスの向かいのソファーへ腰を下ろした。
「それで何故、そのようなことに?」
「その…俺の失敗で」
冥界での任務を終え、現世での肉体へと戻る前に、アイオリアはつい人馬宮へと立ち寄ってしまった。そして兄に近づきすぎてしまったのだ。
通常であれば、各自の魂と肉体には強固な繋がりがあり、それは簡単に反故となるものではない。しかし、黄金聖闘士たちは皆一度は死んで蘇生された身である。とくにアイオロスは死んでいた期間が長かった。うっかり兄の肉体へ嵌まり込んでしまったアイオリアと入れ替わりに、アイオロスの魂は押し出され、仕方なく近場に空いていたアイオリアの肉体を借りたのだった。

「またエイトセンシズを燃やして、魂を肉体から外し、元に戻れば良いのではないか?」
「そうなのだが、兄さんがもう出仕する時間で…」
「彼のことだ。それは言訳で、単に面白がっているのだろう」
「…やっぱり、サガもそう思うか」
サガは何も言わなかったが、苦笑がなにより雄弁な返事となっていた。
それきりアイオリアもまた黙って檸檬水を飲んだ。ひたすら飲んでいたので、直ぐにグラスは空になった。
(この飲み物は、きっといつか、兄さんに出されたのと同じものなのだ)
グラスは、アイオリアの手の中でぬるく温度を変えていく。
(いま、サガが用意してくれたこれは、兄さんの身体に出されたものなのだろうか、俺の心に出されたものなのだろうか)
アイオリアは深く考えることが苦手だった。過去の13年間のうちで考えすぎたのは最初の1年だけで、あとはもう何も考えないように過ごしてきた。そうしてそれは習性となってしまった。深く考えたとき、その考えは自分を傷つける。
「気に入ったのなら、代わりをもってこよう」
中身の無くなったグラスを目にして、サガが立ち上がりかける。
「あ」
思わずアイオリアはサガの手を掴んでそれを制した。
サガの身体がハッキリとこわばった。
「…代わりなんて、いらない」
そのまま強引に自分の方へ抱き寄せて、ぎゅっと胸の中に固定する。無理な体勢をとらされているというのに、サガは特に抵抗もしない。むしろアイオリアのほうが混乱していた。自分が何故そのようなことを口走ってしまったのか分からなかったのだ。
ただ、サガの体温が心地よかった。こうするのは当たり前のことのようにも思われた。
(そうか、この身体がサガを好んでいるのだ)
抱き込まれたままのサガが、何も言わずに見上げてくる。
その瞳に魅入られるように、アイオリアは顔を近づける。
兄の身体で嘘をつくことよりも、兄の身体で嘘をつかないことのほうが、本当はいけないことではないのか。胸の奥で小さく警告する声があった。けれどもアイオリアはその声に蓋をした。
考えるのは苦手だった。


唇が重なったとき、このまま引き返せないところまで行くのだろうなと、二人は予感した。

2009/8/5-8/7


[濃パラレル系]


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