アクマイザー

転宮生5…山羊黒



シュラは激しく困惑していた。
人生でこれほど困惑したことは、かつてなかろうと思われた。
紫龍との戦いでアイデンティティの変革を迫られた時とて、これほど困惑はしなかった。いや、あの時は道が見えた分、むしろ成すべきことはハッキリしていた。
「…どうしましょうか、サガ」
もう思考を放棄して、目の前の黒サガに頼るしかない。
弱りきったシュラに比べると、黒サガの方は全く困った様子がない。それどころか楽しんでいるようで、口元には笑みが浮かんでいる。
「暫くこのままでも構わぬ。身体が入れ替わる経験など早々なかろう」
自分の姿で言い放った黒サガを見て、シュラはがっくりと肩を落とした。
現在、シュラの次元斬りと黒サガの精神攪乱技の乱発によって、巻き起こされた時空のねじれが、互いの精神と身体の入れ違えを引き起こし、気づけば黒サガの身体にはシュラの精神が、シュラの身体には黒サガの精神が入り込んだという状況になっていた。
もともと精神が乖離しやすい黒サガだからこそ起こった現象かもしれない。
シュラは溜息をつきながらも、改めて今の身体を確認してみる。
まず長い黒髪。短髪だったシュラにとって、この量の髪は結構重く、頭を動かすたびに靡くのが鬱陶しい。眺める分には大好きだったサガのこの髪も、いざ自分のものとなると勝手が違う。それでも、髪から洗髪剤のものとおぼしき香りが、ふわりと漂うのを感じて、シュラは赤面した。
そして指。サガの爪は綺麗に整えられていた。指も鍛えられていながらしなやかだ。サガの身体は隅々まで完璧なのだなと実感する。
なんだかいけない想像をしてしまいそうになり、シュラは身体の点検をやめ、小宇宙の確認に切り替えた。
小宇宙を高めてみると、燃え上がったのはカプリコーンの小宇宙だ。他人の身体でもそこは変わらぬようで、とりあえずシュラは安心した。
一方サガも小宇宙を高めていた。いつもシュラがするように右手にそれを集中させている。小宇宙が鋭さを増すにつれて、シュラはサガの意図に気が付く。
「サガ!暴発するのでやめてください!俺の身体であろうと貴方に聖剣は無理ですから!」
シュラは焦って止めに入った。入ろうとした。
しかし、シュラは着用する法衣の裾を踏んづけてつんのめった。
流石にバランスを取って転ばずに済んだものの、黄金聖闘士にあるまじき失態だ。サガが小宇宙を止めて目を丸くしながらシュラへと視線を向ける。サガを止めるという目的は果たせたものの、シュラはいっそう赤面した。
改めて足元を確認すると、法衣は地面を引きずるような長さである。
いつもはサガが当たり前のように捌いているので気づかなかったが、これはかなり邪魔だ。階段を上るときなど裾を踏まぬ自信がない。
ドレスを着た女性がスカートを慎ましく摘みあげて歩くように、シュラは法衣をたくし上げて歩かねばならなかった。
シュラは思わず愚痴を零した。
「俺はこの格好で麿羯宮まで上がらなければいけないのですか」
サガはシュラの足元をじっと見てから、顔へと視線を上げる。
「それほど歩きにくいか?」
「ええ、まあ…」
そう応えると、サガは思わぬ行動にでた。
「服程度で歩行に支障が出るとは、修行が足りぬな」
ひとこと言い放ち、シュラの身体を肩に担ぎ上げたのだ。
「サ、サガ!?降ろしてください!」
抗議の声をあげるも、素直に聞き入れるような黒サガではない。
「暴れるな。歩きにくいのであれば、私が麿羯宮まで運んでやろう。それとも異次元経由で飛ばされるのが良いか」
淡々と告げ、もう上宮へ向けて歩き出している。
シュラとしては異次元経由の方が100倍マシであったのだが、それをサガに伝えるタイミングを掴めぬままに事態は進行していく。
結局シュラは先ほど以上に真っ赤になりながら、十二宮の公道を荷物のように運ばれる羽目になったのだった。


だが、本当の災難が訪れるのは翌日以降であるという事を、まだシュラは気づいていない。

この出来事は、それを目にした雑兵や神官たちによって「シュラ様が自宮へ黒サガ様を抱きかかえて運んでいた」という噂となり(しかも様々な憶測や尾ひれがオプションとして追加されていた)、それを耳にしたカノンやアイオロスが血相を変えて麿羯宮へ押しかけるという迷惑な後日談に発展していくのだった。

2009/2/24


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