アクマイザー

蜘蛛の夢糸4
※LC双子バージョン



ヒュプノスは指に巻きついている虹色の糸を、細く水面へと垂らしている。
風が吹いているわけでもないのに、その池には時折さざなみが立ち、ゆらゆらと波紋を沸かせては凪ぐ。
それはヒュプノスの垂らす糸が水に引き込まれるのと同じタイミングだった。だが、魚の食いつきが不完全なのか、糸が沈みきる事は無い。
瞳孔のない金の瞳で、ヒュプノスは池の奥を覗き込む。


アスプロスの死に顔が目に焼きついて離れない。
それは俺の眠りまで侵食し、おかげで暫く不眠症だ。
それでも戦士として身体を休めぬ訳にはいかないため、睡魔に身をゆだねると、きまってかつての兄が笑いかけてくる。
「デフテロス」
俺は騙されない。どんなに優しい声を出そうが、アスプロスはどうせ俺の事を道具としか見ていない。目を見てはいけない。
「俺と世界を支配しようではないか。二人で一緒に」
甘く低い声で囁いてくる。幻朧魔皇拳なんかより、こんな風に微笑まれるほうが、よほど俺を縛る事をアスプロスは学んだのに違いない。
「…二人じゃ、ないだろう」
押し出した声はかすれていた。
「貴様の傀儡として横にあったとしても、それは貴様の模造品で俺ではない」
「そんなこと」
アスプロスがにこりと笑う。邪悪だけれども美しい笑み。他人を惹かずにはおかない魅惑的な煌きをもつ兄。だが俺は昔の、単純であっても輝かしい真っ直ぐな笑顔の方が好きだったのだ、アスプロス。
だがそのアスプロスは同情するような目つきで俺を見る。
「デフテロスよ、お前は一瞬でも思わなかったのか?完全なる俺の傀儡として、俺の手足となり、俺の望みのままに生きる事を…そう、俺を殺すよりも」
「………」
「俺にはお前が必要だった」
「黙れ!俺はお前のように弱くは無い!」
渾身の力でなぎ払う。簡単に兄の姿は消え、闇だけが残る。
一瞬、もっとアスプロスの顔をみていたかったと望んだ心を、俺は押し殺した。


「ふむ、まだ餌に調整が必要なようだ」
ヒュプノスは糸を巻き上げながら呟く。いつのまに来ていたのかタナトスがその隣で呆れたように零す。
「この聖戦の支度で忙しいときに、釣りとは暢気だな」
「支度はお前がつつがなく進めているだろう?それに、これは遊びではない。一応仕事の一環だ」
「そうは見えなかったが」
「黄金の光をひとつ釣り上げようかと…だがまあいい、既にもうひとつは堕ちているのだし」
呟くヒュプノスへ、タナトスは勝手にしろとばかり背を向けて歩いていってしまった。その背へ視線を向けてタナトスはこそりと零す。
「光の代わりに、お前が釣れた」
繰り糸をしまうと、ヒュプノスはタナトスを追いかけて歩き出した。

2009/11/2


[濃パラレル系]


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