アクマイザー

蜘蛛の夢糸3



パサリ。
羊皮紙をめくる音だけがその部屋に響く。
古めかしい装丁の本を片手に長椅子へ横たわる黒髪の青年は、時折なげやりに身体の向きを変えるものの、衣擦れや息遣いといった生の気配は無い。
「サガ」
静寂を破るように名が呼ばれ、青年はゆっくりと声の主を見上げた。
「何の用だ、ヒュプノス」
現れた眠りの神を目の前にしても、かしこまることのない不遜な言葉と紅い視線。ヒュプノスは、その無礼をむしろ楽しそうに眼を細めて受け入れた。
「私の手伝いをしてみる気はないか」
「何をしろと?」
「私の創り出した道にのり、相手の夢へと降りるだけでよい」
黒髪のサガは僅かに眉を顰め、それからフンと鼻を鳴らした。
「友釣りか。私は餌か」
「理解が早くて助かる」
ヒュプノスは長椅子の横へ腰を下ろし、寝そべるサガの黒髪を手に取った。
「お前も、弟や次期教皇の夢を覗いてみたいと思うだろう?」
柔らかな黒髪をくるくると指に巻き、弄んでからするりと梳く。サガは紅い瞳でその仕草を追い、どうでも良さそうに返事をした。
「どうせ拒否権は無いのだろうが」
「いいや。望まぬならば、幻影で代用するのみ。お前の時にそうしたように」
一瞬、サガの眼に危険な光が宿ったが、すぐにそれは秘められる。サガは肩を竦めた。
「貴様には一応感謝をしている。夢の中でアレが自ら全てを捨てたお陰で、アレには私しか居なくなり、サガを縛るものは何も無くなった。それゆえ、私はこうして自由に外へ出ることが叶う」
「お前の生まれた理由も、失われてしまったようだが」
ヒュプノスの指摘に、サガは笑い出した。
「そうだな。確かに私はすることがなく、たいそう暇なのだ」
パタンと本を閉じ、身体を起こして長椅子に座りなおす。
「退屈しのぎに、貴様の思惑へ乗ってやっても良いぞ」
「退屈であるのならば」
ヒュプノスは起き上がったサガの手を取り、その指先に軽く唇で触れた。
「夢へ降りる前に、私とも暇を潰してみぬか」
「貴様も暇なのだな」
サガは呆れたように、それでもヒュプノスの肩へ両腕を回した。

2009/5/2


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