アクマイザー

蜘蛛の夢糸2



「約束どおり、それはお前にやろう」
受け渡された魂を、タナトスはしげしげと眺める。
ヒュプノスが繰り糸ごと手渡した光は、物理的に拘束されているわけでもないのに、決して糸の端から離れようとはしないのだった。
「丁寧に育てれば、夢はさらに育まれ輝く…が、お前には難しいかもしれん」
眠りの神は、侮るわけでもなく、事実として淡々とそう決め付ける。
タナトスは気分を害したのか、僅かにムっとした顔を見せた。
「こんなもの、適当に餌をやれば良いのだろう?」
死の神はぞんざいに糸を引いた。


アイオロスの手を取ったものの、サガは次第に不安になってきた。
捨ててしまった女神や聖域、置いてきてしまったそれぞれの弟、それらについて未練はあるが、後悔はしていない。自分は選んだのだ。ならば後悔は卑怯だ。
聖闘士の鑑とも言うべきアイオロスが、その誇りを投げうってまでサガへ手を差し出したあの瞬間の至福を思えば、己はどんな非難にも堪えられる。
しかしサガが不安に思うのは、目の前のアイオロスの優しさなのだった。
今のアイオロスは優しい。そして、とてもサガに甘い。
何故、これほど優しいのだろうか。
アイオロスは、このような人間であったろうか。
女神よりも、想い人を選ぶような男であったろうか。
「アイオロス」
サガは少しだけ強く、アイオロスの手を握った。
「お前は、私の手を取った事を、後悔しないのか」
言ってしまってから、言うのではなかったとサガは思った。こんな縋るような女々しい言葉は、アイオロスを傷つけるだけだ。
しかし、サガの不安をよそに、アイオロスはにこりと微笑み返した。ドクンとサガの心臓が跳ね上がる。
「後悔なんて、するわけがない」
「…アイオロス」
「だって、そうしなければ、君はアテナを殺してしまっただろう?」
言いながら、アイオロスはサガを抱きしめた。血の気の引いた、サガの顔を見もせずに。
サガは、愛していた男に抱かれたまま俯いた。
「お前は最初から、アテナを選んでいたのか」
ゆっくりと彼の髪の先端が、闇色へと染まっていく。
「私はお前のために、全てを捨てたのに」
再び顔を上げたサガの紅眼には、哀しみだけが浮かんでいた。



「あれはどうなった?」
翌日になって、ヒュプノスが尋ねると、タナトスが不貞腐れたように宮の隅を眼で示した。
そこには、鈍く澱んだ黒い光が、ぼんやりと点滅を繰り返していた。
「言ったろう。きちんと世話をしないから、そうなるのだ」
「面倒な」
「まあ、予測できたことではあるが」
ヒュプノスは、濁ってしまった魂を拾い上げ、両手の中でそっと転がし、状態を確かめる。
それから口元へそれを持って行ったかと思うと、すう…とその人魂を飲み込んだ。
「要らぬのならば、返してもらうぞ。これはこれで、面白い悪夢へと育つかもしれん」
口元をちろりと舌で舐め、ヒュプノスは薄く笑った。

2009/4/23


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