アクマイザー

フルムーン
※新興宗教オモイデ教とのWパロディです※


「お前達は、このサガを倒しに来たのだろう?」
教皇の間にたどり着いた星矢たちに、彼は慌てるでもなくそう言った。
教皇というにはまだ若く、二十代後半といったところか。白い法衣にロザリオを身につけている。
「そうだ。貴様の謀りをすべて明かしてもらおう…この鳳凰幻魔拳でな」
猛るフェニックス一輝をサガはしばらくじっと見つめていたが、やがて静かに呟いた。
「その技の名は聞いたことがある…人の精神を操り、破壊するという禁忌の技…」
その声も姿もひどく穏やかで美しい。一輝は密かに眉を顰めた。
「私はお前に、狂人にされてしまうのか。…そう、それもいいかもしれないな」
どこかどうでも良いような無気力さは、女神を屠ってまで聖域を掌握しようとしたという彼の人となりと、合致しないような気がした。
「私を倒せと命じたのはアテナか」
星矢が頷くと、サガは本当に嬉しそうな顔をして、ポツリと呟いた。
「無事に成長されたのだな…アイオロスもどんなに喜ぶだろう」
「アイオロス?」
「そう、ペガサス…お前を何度と無く助けた、射手座のクロスの主のことだ。私がおかしくなったら、彼はどう思うだろうなと思って…」
「その人は、サガにとって、特別な人なのか?」
「特別…そうだな、あの男は誰よりも特別だった。13年前に死んでしまったが」
そうしてサガは静かに語り始めた。
「私には親友と呼べる男がひとりだけいた。私は幼少の頃より小宇宙に目覚め、力も特出していたが、彼もまた同様に優れた聖闘士だった。私と彼はいいコンビだったと思う。アイオロスは私を信頼し、私もまた彼を信じた。
けれど、女神が生まれたとき…私の中の影はそれを良しとせず、教皇を殺して女神をも亡き者にしようとした。神をも屠るという呪われた短剣で。
不穏を察したアイオロスが、アテナを庇ってくれたんだがね…
その時に、彼はこう言ったんだ
『女神に叛くお前を、俺は許さない』と。
彼は女神をつれて逃げたが、直ぐに私が差し向けたシュラによって大怪我を負い、女神を誰かに託して死んでいった。
アイオロスはいつだったか、死ぬ時は一緒だなんて言っていたが、結局一人で先に逝ってしまったよ。
ああ…フェニックス、お前は本当に私を狂人に出来るのか?」
気圧されたように立ちすくんでいた一輝の前へとサガは進み、指先をわずか触れるほどに一輝の胸へあてる。
「私も、少しは精神を扱う技をたしなんでいる。こうすると微小ながら、お前の心が読めるのだ」
そうしてわずかに眉をよせて集中し、少したってからほぅ…と息を零すと指を離した。
「お前にも大切な者がいるのだな」
一輝が唇を噛みしめる。
「人を愛する心というものは、とても鮮やかな色彩で私には見える。そう、ちょうど真夜中の海辺へ、水で濡れた鏡を置いて、満天の空に輝く月を映したように。その人をどう愛しているかによって、月は満ちたり欠けたり明るかったり、闇が広がる新月の夜であったり…お前の弟を想う気持ちは、クレーターまではっきりと見える満月として輝いている」
「………」
「フェニックス、これは…兄が弟を想う気持ちとは、少し違うようだな?」
一輝は黙ったままだった。突き刺すような視線で、ただサガを睨む。
「一度だけ、アイオロスの心にもお前のように満月の輝く夜があった。私は彼だけは”読まない”ようにしていたのだが…アイオロスがシュラに斬られて、死ぬ間際に私の手を握ってね。血まみれの自分の胸に置いたんだ。サガ、何が見える?そうあの男は聞いた。
『月だ、アイオロス。大きな満月が見える』
『星は?サガ、星は見えるか?』
『いいや…月だけ、怖いくらいの藍色の中に、月だけが満ちていて…』
『それはサガの月だ。月はいつだって輝いていたんだ。いつも満ちていて、欠けたことなんか一度だって無かった。一度だってなかったんだ』
そうして、最後にアイオロスは私に言った。
『アイオリアを頼む…そして、この兄を忘れないでくれと…伝えてほしい』
私の手を握っていたアイオロスの力がだんだん弱くなって…アイオロスは息を引き取った」

火時計の炎は残りわずかになっていた。
「彼が死んだ後、アイオリアがなんども陳情に来た。泣きながら兄の無実を訴えた。教皇である私が最後に兄を看取ったと知ると、周囲の制止も構わず、兄を返せと叫んでいた。
私はね…アイオリアに汚れて欲しくなかった。アイオリアまでは手にかけたくなかった。兄は反逆者であるが、弟の罪は問わない…そういう事にして、アイオリアを庇った。けれど、けれどね…
兄の最後の言葉を聞かれて、その時に何故か私の弟…カノンの顔が浮かんだ。
そして…
『私の事は忘れてくれ…お前の兄はそう言っていた』そういう風に、私はアイオリアへ伝えたのだ」

サガの一点を見つめて動かぬ瞳に、涙があふれていた。それはゆっくりと白い頬を伝わって、雫が床に染みをつくる。
「一輝、そろそろ火時計が」
星矢が険しい声で、一輝を促す。
一輝は鳳凰幻魔拳の構えをとると、正確にサガの眉間へ一撃を打ち込んだ。
サガの瞳がどろりとにごった。サガはまるで眠るように狂気の中にとけこんでいった。
崩れ落ちるようにその場へ座り込むと、静かにうつむいている。
その姿は、あどけない神の児を思わせた。


(−2006/9/14−)


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