アクマイザー

海龍サガ3・オラクル


※エピGネタ交じりです


聖域から海底神殿へ戻ってきたカノンの機嫌が悪いらしいと海魔女に聞いたポセイドンは、与えてある海龍の部屋へと足を運んだ。
部屋には厳重な鍵がかけられているが、神である彼の前では用をなさないし、その必要もない。シードラゴンは海神の僕なのだから。
ジュリアンの姿を写した海神が部屋の前に立つと、鍵はひとりでに外れ扉が開かれた。
ポセイドンはそのまま悠然と部屋の中へ足を踏み入れた。中ではカノンが主に礼を尽くすでもなく、寝台へうつ伏せに転がっている。部屋には僅かに酒の匂いが残っていた。

「どうした、シードラゴン。聖域で何ぞあったのか」
人間を軽視する神が多いなか、配下に対して気を配るポセイドンやアテナのようなタイプは珍しい。
もっともポセイドンは常に人間に優しいわけではなく、地上の民が罪深いと思えば、浄化の為に水の底へ沈めることも厭わないのだが。
大抵の場合、彼が優しくあるのは自身の支配する海の民と海闘士に対してのみであった。
カノンはその神の言葉にも敷布に顔を埋めたままだ。
神前にありながら不敬であると神罰を落とされても仕方の無いところを、ポセイドンは気にも留めずにその寝台の横へ腰を下ろした。そのまま傲然とカノンを見下ろす。
「お前がそれほど落ち込むという事は、またジェミニと兄弟喧嘩でもしてきたか」
「…………」
カノンがもぞもぞと動いた。どうやら図星らしい。
「いつもの事ではないか。よくぞまあ懲りずにつまらぬ事で、毎回意地を張り合うものだと思うが…」
この双子は仲が良いくせに、下らないことで反発しあう。直ぐに仲直りをするので、そう気にも留めることもないと思うのだが、今回は珍しく海龍が消沈しているようだった。
「離れているから要らぬ誤解を産みやすくなるのだ。早く海界へ連れ込んでしまうが良い」
双子を気に入っているポセイドンは、サガごと自分の配下へと抱きこんでしまう目算でいた。
サガに限らず聖闘士全般に対して、アテナなどよりは自分に仕えた方が処遇も良かろうと本気で思っている。しかし、それをアテナの前で言うと角が立つので、サガの勧誘はカノンに任せているのだ。

カノンはごろりと仰向けになると、ポセイドンを見た。キツい目元がやや赤らんでいるのをみると、大分酒を飲んでいるようだ。彼が酒に飲まれるのは珍しいことだった。
「ポセイドン様…オレもそう思うのだが、サガはオレより聖域が好きらしい」
ぼそぼそと子供のように愚痴を零す。それでも流石に主へ敬称を付けることは忘れない。
「思えば昔からサガはオレの言う事なんて聞きはしなかった。アイツが好きなのはアテナだの聖域だの射手座の野郎で、オレのことはどうでも良いに違いないのだ」
らしくないカノンの弱音に、ポセイドンは内心やれやれと笑った。ゆるりと手を伸ばして髪を撫でてやる。他の者がそのような事をすれば即座に手を払われるところだが、海神に対してカノンは逆らわない。
「カノンよ。お前は自分のサガへの影響力を、過小評価しているようだな」
髪を梳きながらポセイドンは優しく諭した。
「お前の兄を甦生する時…あの小娘、いやアテナが一番苦労したのは何か知っておるか」
「いいえ、存じませんが」
「クロノスの絶対神託〜テレオスオラクル〜の言霊をサガから切り離すことだ」
カノンにとっては初めて耳にする言葉だった。彼は真剣な目になると起き上がった。
「それは一体…?」
「お前のおらぬ聖域での話ゆえ、知らぬのも無理はない。地上を狙うクロノスによって、双子座は強制支配の宣託を受けた。神の言葉は世の摂理と同じ。それを受けたものはクロノスに逆らう事は出来ず、無理にその支配から逃れようとすれば呪いを受ける」
「…どのような呪いを」
「全ての人々に疎まれ誤解され、信じるものによって滅ぼされる。一度死んだ事により、呪いの初期化は出来たようだがな」
カノンは低く唸った。その瞳にははっきりとクロノスへの憎しみが見て取れる。ポセイドンは宥めるようにカノンに視線を合せた。
「お前の兄はお前に似て強情らしい。精神力も並外れている。たとえ相手がクロノスであろうと、心から屈することはなかった。アレを支配することはとても難しい」
「ハ!アイツが誰かにかしずくなんて想像も出来ない。…女神以外には」
しぶしぶと言った感で最後に付け加えたのを、ポセイドンは静かに笑った。

「ふふ、だがそのサガですら、お前の囁きだけは拒む事が出来なかった」

カノンがハッと表情を変えた。ポセイドンは笑っていたが、緩やかにその笑顔の種類を変えていた。
「本気で行うお前の誘惑を、アレは拒む事は出来ない。お前にはそういう力がある」
深遠の淵を思わせる底の知れない微笑を浮かべ、そっと海龍に命じる。
「私のシードラゴンよ。お前の囁きで、あの男の忠誠を小娘から私へと変えておくれ」
すっかり酔いの醒めた顔をしているカノンをその場へ残し、海神は何事もなかったかのようにその部屋を立ち去って行った。

海神が姿を消したあと、カノンは寝台の上でぼそりと呟いた。
「オレとて、無条件に神の宣託に従うわけではないんだが…」
だが、ポセイドンの言うとおりだとしたら。サガが己の言葉にだけは弱いのだとしたら。
自分の言葉の力を試したいという誘惑には逆らえず、カノンは立ち上がった。
すぐに聖域へ引き返す用意を始めながら、じっくりと考える。
 
サガを永遠に自分の世界へと迎えるには、どんな囁きが相応しいだろうか、と。


(−2007/4/24−)

[濃パラレル系]


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